嫌いになるのは難しい
という日記を書いたんですが
できることならば
誰も嫌いになりたくはありません。
だからそもそも難しくていいんです。
嫌いになる前提で人と関わるなんて
悲しすぎますからね。
ただ言えるのは
どうでもいい人の嫌な部分は
どうでもいいんですが
好いている人の嫌な部分を知ったら
その振り幅に落胆することもあるということです。
それでも
一緒に見た景色や
一緒に過ごした時間など
全部の思い出が巡って
また『やっぱり、好きなんだ』と
嫌いから好きを再認識したりして。
その繰り返しなんでしょうか。
人間愛
恋愛
家族愛
友人愛
いろんな愛に包まれて生きてるわけですから
愛を生む"好き"を見つける方向で
生きていきたいものです。
それが
人の良い面を見ることにつながりますしね。
santuario 響
響の写メ日記
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アンサー響