昔、僕の住む街には、一軒のパン屋があり、街一番の美人と謳われるとある女性がいた。
シルクのようにうねる髪、サファイヤのように輝く瞳、彼女の顔のすべてがミケランジェロの彫刻のようにそこにあるべき形で収まっていた。性格も穏やかで品があり、たまに言うユーモアは僕たちを大変に愉快な気持ちにさせた。
街の外からも彼女を一目見ようと沢山の男が訪れ、度々彼女にデートを申し込むが僕は今まで彼女が、その首を縦に振るところを一度として見たことがない。
そして、ある日彼女は一人の男と婚約する。
その男は街では、厄介者として有名で顔も醜く何をしていてもだらしない様に見える人間だった。
当然誰もが彼女のその婚約の知らせを聞いて驚き、誰もが優しい彼女がその男に騙されているのだと信じた。
そんなある日
先生と僕は「恋のはなし」になった。
僕は尋ねる。
「なぜあの男は彼女を落とせたのだと思いますか」
先生は言った。
「恋がどんなふうに生まれるかだの」
先生は淡々と続ける。
「なぜ彼女が、気立てや容貌の点でもっと彼女にふさわしい、だれか他の男を好きにならずに、よりによってあのようなひきがえるを-いえここでは誰もが彼をそう呼んでいるんですよー好きになったのか、などと言うことは、恋愛では個人の幸福という問題が重要である以上、しょせんわかりませんし、そうしたこと全てを好きなように解釈できるんでしてね。これまで恋について語られた争う余地のない真理はただ一つだけです。つまり『それは偉大なる神秘なり』というやつだけで、それ以外の、恋について書かれたり語られたりしてきたことはすべて、問題の解決ではなく、結局は未解決のままで残された問題提起にすぎないんですよ。あるケースには適切と思われるような説明も、他の十のケースにはもう向かない。ですから、私に言わせてみれば、一番いいのは、はなから普遍化しようとなどせずに、個々のケースを別々に説明する事ですね。医者が言うように、個々のケースを個別化しなければいけないんです。」
僕は、先生が語り終える前に、自分の質問を大変に恥じ、これから出会うその女性と真摯に対峙せねばならないと誓うのであった。
柚香の写メ日記
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柚の小話 「恋のはなし」柚香