【柚の小話 『花のワルツ』】- 柚香(santuario)東京/性感マッサージ

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柚香の写メ日記

  • 柚の小話 『花のワルツ』
    柚香
    柚の小話 『花のワルツ』

    不思議な夢を見た。一見それは優雅でとろけてしまうような甘美な経験。しかし他方でそれはひどく醜くグロテスクだった。まるで心地よい温泉に浸かりながらその硫化水素に蝕められているような。

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    はっと息を呑む。そしてその刹那、これが夢であると気づく。なぜならここは今まで体験してきた自然法則が一才無視されている世界。全てのものが悟性から逸脱した世界。僕は幼少期から度々夢の中でそれが夢であると気づくことがある。それは夢を見始めてすぐの時もあるし、その夢がクライマックスに近づくにつれて分かることもある。

    今回の場合、夢を見初めてすぐにそれがそうだと悟る。しかし僕はまだその夢がどのようなものか知らなかったため、無下にそれを壊そうとは思えなかった。



    突然膝から崩れる。咄嗟に周りを見渡すと生暖かい体液のような血生臭い植物がひしめき合う湿原に僕は立っていた。急いで体勢を立て直し一歩前へ踏み出そうとするがそれは僕の身体を奥へ奥へと引き摺り込む。
    彼らは「生きていた」のだ。
    僕は形容しきれない恐怖に襲われその草原の向こう、うっすらと見える柔らかい明かりの方へ駆ける。夢の中では時間の感覚がないためどのくらい走ったかわからない。それは数十秒と言われればそうだし、数日と言われても納得する。しかし疲労はない。季節もわからない。ただ温度が存在しない風を避けながら走る。

    そして急にその目掛けていた灯火が消え、視界が暗闇に包まれた。途端に目の前には自分の背丈3つ分ほどの巨大な扉が飛びえていた。ただその扉を扉だとなぜ認識できたのか。今思うとそれは日常で経験してきた扉とはとてもかけ離れたものだったから。ただ、こちら側とあちら側を隔てる役割を担うだけの物体だった。

    そして向こうから聞き馴染みのない艶かしいメロディと生き生きと楽しそうな人々の声が確かにある。
    僕はそこに近づいてみたいという強い好奇心に駆られ扉に触れる。その瞬間自分は別の空間に飛ばされていた。

    目の前には市民プール一つ分ほどの部屋が広がっていた。その部屋は昔映画で見たオーストリアのとある屋敷にそっくりだった。

    18世紀フランスの上流階級を思わせるブルジョワ的な装飾に身を包んだ男女が音楽と合わせて踊っている。床というものは存在しなかったが、彼らのステップは行き場を無くすことはない。僕は部屋の中央でうっとりとあたりに見惚れていると急に先に感じた恐怖が再び到来する。彼らには顔がなかったのだ。顔のない男女のペアが各々の仕方で身体を揺らしている。
    彼らの中にはペアを次々に変えていく者、ずっと同じペアで踊り続けている者。複数名で手を繋ぎ回転している者。そんな活気あふれた部屋の端には怪我をしたのかもう立ち上がれなくなった人までいた。

    僕はそこから逃げ出したくなり再び先ほどの扉を探すがそれはすでに消えていた。
    急に酸素が薄くなる感覚に襲われ立ち眩む。
    このままではまずいと辺りを見回すが何もない。
    全ての方角が同じ風景であり、顔のない群衆の中にポツンと僕と彼女しかいない。

    そう、彼女がいたのだ。

    同時に彼女も僕の方を見つめる。

    僕は叫ぶ
    「なぜ君は踊らないの。」
    その呼びかけを理解したのか。
    なにも答えず彼女は微笑を浮かべながら首を傾げこちらへ進んでくる。

    彼女には「顔」があった。
    ただ、それは全ての女性の持つ「顔」そのもので、我々が皆持っている顔ではなくより普遍的で抽象化されたそれは幼女にも見えるが老年女性のようにも見えた。

    僕の前まで来た彼女は僕の手を小鳥のように突くとそのまま腕を引いて言う。
    「みんなに混ざりましょうよ。」

    僕は今までこのような社交の場で女性と身体を動かした事はないのと、彼女に聞きたいことが沢山あったためにその誘いを断ろうとした。
    しかし僕の気持ちを無視して彼女は円の中心へ中心へと進む。

    「ほら右手を私の腰に添えて。さぁユズ君。次の曲が始まりそうよ。」

    「ちょっと待って、僕はどのように踊ればいいかわからないし、そもそも君のことをまだよく知らない。」

    「大丈夫よ。これは君の夢だもの。君が望めばそれが叶う場所。さぁワルツが始まるよ。」

    そう言うと、渋々ステップを踏むために右足に重心をかけた。すると途端に僕らの身体が生前にプログラムされていたかのように弾み出す。

    僕らは非常によく踊った。僕は今までこのような経験をした事がないが、あくまでこれは夢の中。どうやら身体は僕の気持ちと同化するようだ。

    続けて何曲か踊ったあと、僕は彼女に聞きたかったことを尋ねた。

    「あの顔のない人たちは何をしているの」

    「彼らは愛を探しているのよ。」

    「この夢で?そんなの出鱈目だ。」

    「いいえ。そんな事ない。みんな現実で傷ついた心を癒しにここにやってくるの。そしてここで見つけた愛を持って元いた世界に戻っていくのよ。」

    「どうやって。」

    「彼らを見てごらん。理想の踊りをするために、自身のペアを探す。すでに相手を見つけた人もいればそうでない人もいる。一度ペアを決めたとしてもまた新しい人を探すことだってできるのよ。そうやって自分の踊りを形造り、傷を癒していくの。」

    僕は反論しようと口を開くが彼女の指がそれを塞ぐ。

    「君の言いたいこともわかる。あまりに魅惑的な夢は人を目覚めにくくする。もとあった傷はさらにえぐられ、落ちて落ちて立てなくなる。でもね、これはどうしようもないことなの。
    だって人は夢なくして生きて行けないのだから。」

    「ちがう!僕は夢がなくたって生きていける。現実を変えようと必死に努力してきたんだ。」

    僕がそういうと、彼女は子供に向けるそれのように少し困った風に僕を見つめ、

    「今はそうかもしれない。でもね、いつか君もわかるはず。どうしようもない傷を負った人に先の扉は開けるのです。」

    そして二人の間に深海のような沈黙が聞こえる。

    遂に最後の曲が始まった。

    『花のワルツ』 チャイコフスキーが作曲した非常に有名なバレエ曲。
    この夢のフィナーレに相応しい。

    彼女は明け方、夢と現実の間に「かおる」と僕に名乗った。




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