東の空に見える5つ目の惑星を目掛け、その主がじんわりと暖かい光を街に灯し始めた頃、ぼんやり目が覚めた。
時間を確認しようと、壁に吊るしてある比較的新しい丸い時計を見やる。どうやら今は、昨夜アレクサに伝えていた時刻より三時間ほど早いようだ。もう少し眠ろうと目を瞑ったが、なんとなく粘っこい渇きを感じため、二重になった毛布を捲り、スウェットの足を片足ずつ慎重に床に着地させる。
失った温度を取り戻すように、木目のフローリングが僕の足を突き刺す。そそくさとキッチンへ向かい、グラスに半分残る水をシンクに流し、鉄の蛇口を捻ると、それを一気に飲み干した。
大学の友人に勧められて買った、取り付け式の浄水器のおかげでカルキ特有の臭みはない。
寝る前と何も変わらない殺風景な無音の部屋。自分だけの呼吸が聞こえる。
ふと、カウンターに仰向けに寝かせていたスマートフォンが二度光るのを目の端で捉えた。
こんな時間に誰だろうと不思議に思ったが、おおよそ、ここより8時間遅れたフランスかどこからのプロモーションだろうとすぐに予想がつく。
持っていたグラスをシンクに戻し、寝床へ戻ろうとすると当然外から激しい呻き声が聞こえてきた。
あまりに唐突な出来事だったので、すこし呆気に取られたが、そっと窓の方へ音を立てずに行く。カーテンの隙間から恐る恐る外を覗くと無数の黒い塊が、朝焼けの空に影を作っていた。原子核の周りを公転する電子のような規則的に周る大勢の鳥。朝日に照らされたその羽は青く輝いていた。
彼らは非常に好戦的で互いに自分の口ばしで相手を傷つけてあっていた。バタバタと身を捩り、血を流し、地面へ落ちていく。きっと相手の正義が許せなかったのだろう。
なぜなら彼らの目は同じ色をしていたからだ。
すると、そのうちの何羽かがこちらへ向かってくる。
鋭く尖ったクチバシが、部屋のガラス戸を叩く。耳を塞ぎたくなるような、鈍い音が部屋に響き渡り、僕は怖くなって
「もうやめてくれ!」と叫んだ。
すると、そのうちの一羽がこちらを睨みつけ言う。
「お前はなぜそこにいる。今すぐこちら側へこい!お前が恐れていることなどなにも起こらない!なぜなら、こちらの世界はお前の顔は顔として機能しないからだ。」
僕は無性に彼らを殴り殺したい衝動を抱くが、即座にそれを堪え、ついで諭すように言う。
「それではだめだ。社会は何も変わらない。僕は鳥になどなりたくはない。人間だ。顔を持った人間だ。戦う事が悪いと言っているわけではない。ただ、人間として戦えと言っているのだ。」
「人間として?それになんの意味がある。」
「責任だ。自分の正義を他者に振りかざすには責任を伴わなければならない。さもなくばそれに根拠など見出すことはできない。誰もお前を信じない。」
話をしていたその鳥は、お前は何もわかっていないと言い放つと窓から飛び立ってしまった。
ガラス戸を殴る鳥は次々と増え、廂は白い糞で埋め尽くされていく。
僕は鈍器で殴られたような頭痛に襲われて、膝から崩れ落ちる。
微かに、遠のいていく意識の中、鳥達の羽の裏に刻まれたアルファベットの文字の羅列が見えた気がした。
柚香の写メ日記
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顔を失った青い鳥柚香