【道徳からの逃走】
こんにちは柚です。
今回から何回かに分けて、僕らの属する世界
「女性用風俗」について割と論理的に考えていこうと思います。
第1回の今回は「道徳からの逃走」というタイトルで僕の愛読書
『自由からの逃走』エーリッヒ・フロムのタイトルから少々文字をお借りしました。
では具体的に今回何をしていくかというと、
「快楽の本質」について考えていこうと思います。ただ、一つ注意点として、ここで取り扱う快楽というのは身体的快楽ではなく、むしろ精神的快楽、言い換えるならば精神的充足とも訳されます。
女性用風俗をご利用されるユーザーさんには純粋に身体的快楽を追求することを目的とされる方ももちろんいらっしゃいますが、少なくとも僕の経験上、それだけではなくむしろ、精神的充足感に重きを置いている方が多い印象です。もちろんそれは身体的快楽がその精神的充足に大きく加担していることは言うまでもありません。
では、その精神的快楽を追求するにあたり、どのような要素が重要になっていくのか?
先に述べたように、身体的快楽を享受するということも一つの手段ですね。
他にはご自身の悩みをセラピストに打ち明け、何かしらの解を自身の中に見つける
純粋に日常から離れ、その日現実性を楽しむ。
あげればキリがありません。
が、僕が今回その精神的な快楽に大きく加担していると思われる要素として、
「 道徳からの逃走」
という概念を皆さんに提示します。
もちろんそれだけ聞いただけでは意味がわからないと思います。大丈夫。今から説明しますね。
皆さんは幼い頃から家族や地域、学校などで、ある共通した社会の道徳法則を学びます。
ex) モノを盗んではいけない。
人を殺してはいけない。
ウソを付いては行けない。
さらに付け加えるとしたら、
キリスト教の旧約聖書、創成記において
10戒という破ってはいけない掟が書かれています。そこには先に述べた殺人や窃盗の禁止のほか、不倫についても書かれています。
このように、社会や宗教、様々なものによって僕たちはある一定の道徳法則を遵守することを課されています。
が、僕はその道徳を乗り越えた先に大きな快楽があると考えています。
僕がそれを体験したのは中学生の時、友人たちと深夜の学校に忍び込んで一斉にプールに飛び込みました。その時はあまり意識していなかったのですが、今思い返すと、なぜそのような事をしたのか。別に昼まで待って市民プールまで自転車を走らせればよかったではないか。
いや、そこにはただプールに入るという事では得られない別の快楽があったのです。
勿論、殺人や窃盗を促しているわけではありません。なぜならそこには法律という道徳法則の上にある別の規則があるからです。したがってそれを破ると僕らは処罰の対象となります。
ただ、一定数、不道徳に見えるが法律では罰することができないことがあります。
その一つに自分より一回りも下の男と関係を持つということです。
もちろん僕は成人していますし、僕とホテルに行ってもなんの問題もありません。むしろウェルカムです。ただ、女性の中には22歳そこら学生と男女の関係になるということに、何かしらの抵抗感があると思います。
そうです。きっとそこには今までに形成されてきた道徳観念が存在するのです。
ただ、これを乗り越えた先に今まで経験してこなかった快楽が存在することも間違いないのです。
先の哲学者たちもこのような理由で不道徳な行為に走るということは多々ありました。
そう、あらゆる真理を生涯かけて追い求めてきた哲学者達こそが、自身が定義してきた道徳を踏み越えたくなるのです。
という上記の理由から僕と今まで築いてきた貴女の道徳をぶっ壊して走って逃げましょ〜!
って話でした。
おしまい。
柚香の写メ日記
-
道徳からの逃走柚香