六
「ただいま…」
澱のように溜まった疲労感と相反するような充足感を抱えて自宅のドアを引いた。お腹が空いている。私の声を聞いてか、キッチンから裕介が顔を出した。
「おかえり。楽しかった?」
裕介の笑顔は無垢なそれである。ちくりと針が私の胸を刺した。裕介はなにも疑っていないのだろう。それもそうだ。静也は正真正銘、私の従兄弟なのである。
「うん。ちょっと疲れちゃった」
「そっか。何食べたの?」
「焼き鳥。でもあんまりたくさん食べてないんだよね」
「じゃあなんか食べる?簡単なものでよければ作るよ」
「ありがとう…じゃあお願いしてもいい?」
あいよ、と返事を残して裕介はキッチンへと消えていった。私はそのまま洗面台へと向かい、手を洗って鏡を覗き込んだ。その表情は疲れていたが、血色は良かった。
すると不意に後ろから声がした。
「ママ…?」
「陽太。ただいま」
「おかえり」
陽太はよたよたと私の足元へと歩いてきた。その両手は私に向けて開かれている。私は陽太をそっと抱き上げる。
「起こしちゃったね。ごめんね」
私の声に身じろいで陽太は船を漕ぎ始めた。いつもならとっくに深い眠りについている時間である。私が居なかったために寝つきが悪かったのかもしれない。陽太は昔から寝つきの悪い子どもであった。裕介は上手に子どもを寝かしつけてくれる。
「ねんねしようね」
私は陽太の背中をとんとんと叩いてあやしながら陽太をベッドまで運んだ。
陽太の寝顔は仔犬のように愛らしい。私と裕介の宝物である。しかし仔犬は何も穢れを知らない。真っ白い陽太の肌に触れる私の手は黒い。寝息を立て始めた陽太の頬をそっと撫でて陽太の部屋を後にする。陽太の頬はまるで炭でなぞったかのように黒ずんでいた。
「はい。春雨スープ」
裕介はダイニングテーブルについた私の前に湯気のたったスープを置いた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
裕介は私の向かいにの椅子に腰かけた。
徐にスープを口に運ぶ。美味しい。疲れた身体が温まっていく。
「ありがとうね。今日も出かけさせてくれて」
「いいよいいよ。でも本当に静也くんと仲良いよね。僕にも従兄弟いるけどもう三年くらい会ってないよ」
「そうね…昔から兄弟みたいな感じだったから」
裕介は羨ましいな、と呟いて自分の分のスープを口に運び、微笑んだ。私は箸で春雨を口に運んで飲み込む。熱が喉を通り、胃に入っていく。静也の精液も…熱かった。
下腹部にまで熱が到達した。それが私の中心を濡らした。そこにいるのが裕介の優しさではないことは十分にわかっている。
康成の写メ日記
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「夜鳴きの向日葵」康成