「何のために生きているのか」
「何のために生まれて来たのか」
そんな問答がいつの世も
満ち欠けしながら流行しますが
私はその解に興味がありません
知りたがる理由もわからない
だって私はこの世界に
生まれて来たいと願っていた
きっといつでもこの胸の奥は
また生まれたいと叫んでいた
あの時私はポーランドに生まれ
年の頃は19でした
心地よく晴れたある日の昼下がり
突然オランダの警官がやってきて
私たちを無実の罪で拘束し
そのまま列車に詰め込みました
両親はガス室へ移送され
私と妹は散々回され
孕めば堕胎するまで殴られ
それに飽きると被験体として
実験室へ連れていかれました
冷却からの蘇生実験は
裸のまま冷水に浸され
意識を失えば引上げられ
それを何度も繰り返されるという
拷問のような実験で
自我も薄れて悲鳴も枯れて
体を動かすことすらできなくなると
そのまま屋外へ捨てられて
激しい雨の降る冷たい夜に
ついに私は息絶えました
思えば惨めな人生でした
まるで本物の家畜のような
終始情け無い生涯でした
だけど
こんな私でも
鼓動が鳴り止む瞬間には
またこの世に生まれたいと願っていました
悲しみも憎しみも疲れ果てたとき
この胸の底に残ったものは
幸福の記憶だけでした
私は愛を知っていました
家族と笑い合った幼い日々を
故郷で出会った彼の温もりを
強く抱きしめられたあの夜を
降りしきる雨を前に思い出して
少し口元がほころびました
寒さに失った筈の感覚が
神経が通わない筈の指先が
一心にあの日を求めながら
穏やかに土と同化して
もう一度
最期に
もう一度
どんなに悲痛な生涯であろうと
またあなたに出会えるのであれば
もう一度
命になりたい
そう願い
また生まれ落ちました
内戦のため廃墟を転々とし
流れ弾で死んだこともありました
死体の転がるスラムに生まれ
ただれて飢え死んだこともありました
だけど
どの人生の中でも
私は誰かを好きになった
裏切られもした
捨てられもした
それでも
あのひとときの温もりを
全てを覆してしまうその価値を
私は愛し続けていて
だからどんなに惨めでも
やっぱり思ってしまうのです
神様どうかもう一度
またもう一度
生まれたい
私は日本に生まれました
両親は貧しい人でした
激しい虐待もありました
私は学校に行くことが出来ずに
若くから身を売って働きました
肉体より先に精神が崩れ
私は病に侵されました
この国ではありふれた精神疾患
そこに御誂え向きのSNS
弱い者同士は寄り添って
互いに暖め合いました
その頃の私の左腕はもう
洗濯板みたいになっていたけど
彼は私を捨てたりせずに
私の頭を撫でてくれました
それが利用されていただけだとしても
泣いてしまうほど
嬉しくて
その腕の中だけは
暖かくて
まさかこの世界は私の為に作られたものなのではないかしら?なんて
そんな風に首を傾げるほどに
私の全身は幸せで
だからどんな辛い事でも
めげることなく頑張れました
結局私は何もかも奪われ
知らないおじさんの側に置かれて
よくわからない注射を打たれて
玩具にされたまま死にました
でもね
全部正しかったと思うの
たとえこんな人生でも
きっと何も
間違ってなかった
こう生きるしかなかったのだから
そう信じるしかないじゃない
確かに誰かの目に映る私は
幸せではなかったかもしれない
だけど私は
幸せを知っている
そんな思いを
ちゃんと味わった
それだけでもう十分でしょう?
それだけでまた
生まれてきたい
そう思ってもいいじゃない
だから今日まで私が背負った
悲劇の全ては正しかった
そんな馬鹿な話があるかしら?
わからないけど
ひとまず私は
再びあなたに出会う為に
また生まれることを願って逝きます
相馬みさきの写メ日記
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贅沢な人生相馬みさき