【水面に浮かぶ君】- 柚香(santuario)東京/性感マッサージ

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柚香の写メ日記

  • 水面に浮かぶ君
    柚香
    水面に浮かぶ君

    プールサイドのライトがゆらゆらと揺れて、夜の空がうっすら水面に映り込んでいた。僕たちは大阪城近くのナイトプールにいた。日中の喧騒とは違って、静かな音楽とまばらな人影が浮かぶこの空間は、まるで異世界の一部みたいだった。

    「写真撮ろう?」
    彼女が言った。彼女は水滴がキラキラと輝く肩を少しすぼめ、スマホを僕の方に差し出す。
    「うん、もちろん」
    僕はスマホを受け取り、彼女の笑顔をフレームに収める。彼女は水の中で軽く跳ねるようにポーズを取る。まるで古いフランス映画に出てくる破天荒なヒロインのように自然体で、それがなんだか僕の心をくすぐった。

    しばらく写真を撮り合っては見せ合い、笑っていると、ふと視界の隅に奇妙な姿が映った。プールサイドで奇妙な水泳帽とモノクロの囚人服のようなTシャツ、やけに大きな丸いゴーグルをかけた男が、じっとこちらを見ていた。

    「なんか変な人いるね」
    彼女が少し困惑気味に僕の方を見た。僕もその男をちらりと確認する。確かに怪しい。しかも、この人、見覚えがある……ような気がする。

    もう一度じっくりとその不審者を観察する。いや、間違いない。あの帽子、そしてその立ち方。間違いなく、僕の先輩、シンだった。だけど、何でこんなところに?

    無意識に、少し怯えた彼女へ腕を腰に回す。
    「あの人、僕の知り合いだ」
    僕は彼女に小さな声で言った。彼女が「え?」という顔をして、もう一度シンの方を見る。
    「シンくんだよ、あの背格好間違えない」
    「え、ウソでしょ? こないだ凍結されたあの?あんな怪しい格好してるのに?」彼女が小さく笑い出す。

    僕はせっかくの二人の時間を彼の奇行に邪魔されたくなかったので、気づかないフリを決め込むが、こちらに気づいたシンは不気味なほど口角をあげ、こちらに手を降ってきた。意味不明な行動に、僕たちはいつも振り回される。

    「ここで、なにしてるんですか。」
    仕方なく覚悟を決め先陣を切って口を開く。

    「……バレたか?」
    「バレバレです。最初から!」
    彼女はもうお腹を抱えて笑っていた。

    夜のナイトプール。ライトが揺れる水面に、僕たちの笑い声が静かに溶け込んでいった。


    「なんだよ、バレたなら仕方ねえな」
    シンは黒いゴーグルを外す。僕たちはまだ少し笑いながらも、特に深くは突っ込まずにそのまま彼を放置することにした。この世には辿り着かないでおいた方がいい真実もあることぐらいわかるには23という年は決して若すぎはしないだろう。

    「まあ、先輩のことはとりあえず見なかったことにしよう」と僕が言うと、彼女も「うん」と軽くうなずいて、再びプールの縁に寄りかかる。

    ナイトプールの静けさの中で、僕たちは足を水に浸しながら、夜の空をぼんやりと見上げていた。遠くに、ライトの反射で水面がちらちらと揺れている。空には星がいくつか浮かんでいるけれど、都会の光にかき消されている。こんな夜は、まるで僕たちだけが世界に取り残されたように感じられる。

    「こういう夜って、ちょっと不思議だよね」
    彼女がふと口を開いた。その声は、まるで夜の風に溶け込むように柔らかく響いた。

    「不思議って?」
    僕は問いかけながら彼女を見た。彼女はプールの水面を見つめたまま、静かに微笑んでいる。

    「だって、こんな風に静かな夜に、誰もが知らないところで時間が過ぎていくって、どこか神話みたいじゃない? たとえば、ギリシャ神話って神々が人間の知らないところで物語を紡いでいるような感じがするの。私たちも、今、誰も知らないこの瞬間を生きてるんだよね」
    彼女の言葉は、夜の静寂とよく合っていて、まるで神話の中にいるかのような気分にさせられた。

    「確かに。オリンポスの神々みたいにさ、僕たちも誰かが書いたシナリオの中で生きているのかもね。でも、それは少しロマンチック過ぎるかな?」
    僕は冗談っぽく返しながらも、彼女の言葉に少し考えさせられた。

    「ロマンチックでいいじゃない。だって、私たちはその物語チックな生を辿っているの。ニーチェの永劫回帰のようにこの一生は実は2回、3回目かもしれないし、もしそうだったとしたら何度も繰り返される重さのある生、それを生きている私たちの人生そのものを文章にすればそれは十分文学作品という芸術になり得ると想うわ。」
    彼女の言葉に、学生時代読んだ小説の一場面が頭をよぎった。モリエールの戯曲やラシーヌの悲劇、どれも一瞬一瞬が美しくて儚い。そして、それを生きる登場人物たちは、その瞬間の重みをどこか他人事のように受け流していく。

    「確かに、あの感覚はわかるかも。今でも受け継がれている。特にカミュの作品の登場人物たちって、いつも運命に翻弄されてるけど、その不条理を受け入れ、その不条理を受け入れていく。なんか、それが逆に強いっていうか、潔いっていうか」
    僕はプールの水を軽く蹴りながら言った。

    「そう、それ。でも、逆に例えば最近のハリウッド映画の登場人物たちは違うよね。彼らはもっと、自分の感情に正直で、世界に抗おうとする。特に最近の映画は、どうしても自分の思いを貫こうとするんだよね。たとえば、ラ・ラ・ランドとかさ」
    彼女は目を輝かせて語り始めた。確かに、彼女が言うように、ハリウッド映画のキャラクターたちは自分の感情に忠実で、時にはその感情のためにすべてを投げ出す。

    「ラ・ラ・ランド、か。あれもそうだよな。夢を追うか、愛を追うかの選択を迫られる。それでも、あの映画のラストで二人が別々の人生を歩んでるのを見ると、どっちを選んでも正解だったのかなって思えてくるよね」
    僕は彼女を見つめながらそう言った。彼女は静かにうなずいた。

    「そうかもね。でも、私たちもそんな風に、いろんな選択をしながら生きてるんだと思う。今この瞬間だって、いつか振り返ったら、何かの大きな選択だったって気づくかもしれない」
    彼女は水面に映る自分の姿を見つめながら言った。

    「そうだね。でも、それに気づくのって、後になってからなんだろうな。今は、ただこうしてるだけで、未来なんて考えない方がいいかも」
    僕はそう言いながら、手を伸ばして彼女の手を取った。夜の冷たい風が二人の間を吹き抜けていく。星は相変わらず淡く輝いていたが、その輝きはどこか彼女の瞳に似ているような気がした。

    「ねえ、もしこの瞬間が映画だったら、どういうエンディングになると思う?」
    彼女はふいにそう問いかけた。

    「うーん、ハッピーエンドかな。それとも、ちょっと切ないエンディング?でも、どちらにしても、最後には何かを学んだ僕たちがいるんだろうね」
    僕は考えながら答えた。彼女は微笑んで首を振った。

    「そんなこと言ってる時点で、もう私たちは映画の中のキャラクターみたいだよね」
    彼女はそう言って笑い出した。僕もつられて笑った。まるで、本当にこの一瞬がスクリーンに映し出されるのではないかと不安になったが、それもまた悪くはないなと思い彼女を見つめる。時間がゆっくりと過ぎていくこの感覚、そしてその中で交わされる言葉たち。

    「そうかもね。でも、もしそうだとしたら、今はまだクライマックスの前だろうね」
    僕は彼女の手をもう一度しっかりと握りしめた。この瞬間がどれだけ大切か、なんとなくわかっていた気がする。そして、いつかこの夜が終わるときが来たとしても、それが僕たちの物語の一部になることを信じていた。




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