【お別れ】
スズムシがリーンリーンと鳴く夏の夜。
何もかもに疲れ果てた僕は、誰かに導かれるように近くの川へ来ていた。
そこに君はいた。
くるりとしたまん丸な目、すらっと伸びた細長い足。
君は喋らなかった。
あるいは喋れないのか、理由は聞かなかった。
それが君との最初の出会いだった。
君は凄く照れ屋だった。
いつも顔を赤らめ、僕が歩き出すと何も言わず横を歩く子だった。
僕の仕事が休みの日は、君を初めて出会った思い出の川へよく連れて行った。
喋らない君だったが、そんな日は僕を見てはにっこりピースをして喜びを僕に伝えてくれた。
そんな君が好きだった。
ある日君は僕の前から姿を消した。
僕には君がどこへ行ったかすぐわかった。
あの日の夜のようにスズムシがリーンリーンと鳴く夏の夜。
僕はまた誰かに導かれるように君と初めて出会ったあの川へ行った。
そこに君がいた。
「あの日の夜、僕を導いたのはやっぱり君だったんだね。」
君は喋らなかったが僕には理解できた。
「お別れなんだね。」
あの日のように僕の横を歩き始めた君は静かに水の中へと消えていった。
「カニ」
拓也
拓也の写メ日記
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【お別れ】拓也