【羞恥心も、貞操観念も、いくらでも変わりうる~大阪くらしの今昔館で思うこと】- 市村三座(宴)愛知/性感マッサージ

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    羞恥心も、貞操観念も、いくらでも変わりうる~大阪くらしの今昔館で思うこと

    ずーっと行きたいと思っていた「大阪くらしの今昔館」に行ってきましたよ。
    江戸時代や昭和初期の大阪の町並みや生活をビルの中に再現した面白い博物館。
    海外受けがいいのか、お客さんも半分くらいが外国人。

    この博物館に興味をもったのは、一昨年読んだ「裸はいつから恥ずかしくなったか」という本の影響。

    この本、べらぼうに面白い!
    内容をざっくり紹介すると…
    江戸時代の日本人にとって「裸」は顔の延長線上にあって、他人に見せることに何の抵抗もなかった。
    ただ、現代でも顔をジロジロ見るのがマナー違反であるように、裸を食い入るように見るのは失礼。
    あくまで、裸は単なる風景だった。

    そして、そのことを示す有力な証拠が当時の外国人が書いた手記や浮世絵などの記録。
    大阪くらしの今昔館では、当時の銭湯がけっこう正確に再現されていて、構造も肌で感じられる。
    これが「柘榴口(ざくろぐち、または蛇喰口(じゃくろうぐち)」かー、みたいな感じで、無邪気に楽しめました。

    「裸はいつから恥ずかしくなったか」には、明治以降様々な抵抗にあいつつ、徐々に現代の抑圧的な性の観念に近づいていった様子が描かれている。
    その抑圧は、現代の生きづらさを形作っている一つの原因にもなっていると思う。
    とくに、恥という観念は、人と人がつながることを阻害するだけじゃなくて、つながろうとする人を監視し合うという深刻な影響をもたらす。

    そんな恥の感情も、長い年月をかけて変わっていく。
    今は違うとしても、かつて日本が現代とはかけ離れた性的な観念を持っていた、ということは、けっこう希望になるんじゃないかと思う。




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