以前からちょいちょい話しているけど、僕のマッサージは国家資格者である父親から習ったもの。
一応、資格を取るときに東洋医学は勉強しないといけないので、父親は知識としては知っていた。
けど…あまり信用してはいなかった。
「ツボ」とか「経絡」も、父親にとっては単純化しすぎ、割り切りすぎ、だったようだ。
例えば、人の身体は細胞からできていて、もっとミクロな領域では、純粋な化学反応で動いている。
人の身体は、そういうミクロな領域で見たときは、化学・物理法則に従って動く精密なケミカルマシンだ。
少なくとも、臓器のレベルくらいまでは、人の身体はある機能を持ったケミカルマシンに見える。
だから、現代医学は単体の臓器の疾患にはとても有効。
でも、その臓器と臓器が複数つながり、機能のカタマリではなく一つの生命として動き出すと、ものごとはずっと複雑になる。
そこにある機能も、その不全も、スパッと切り取ることはできなくなる。
生命という複雑さを相手にするときは、どうしても曖昧な部分、効果があるんだかないんだかわからない、ボンヤリとしたところがでてくる。
でも、それを割り切ろうとすることは、人間をケミカルマシンとしてみることに近づくことでもあるんだよね…。
単純なゴールを捨てて、人を複雑なまま、曖昧なまま見て、向き合う。
それは、僕がマッサージや性感で一番気をつけていること。
僕が父親に習っていたときには全然分からなかったことなのだけど、時間が経ってようやく理解できるようになったことだと思う。