かつて、僕には、近所に馴染み
の美容室がありました。
オーナーが自らハサミを握り、
技術も申し分ないと、当時の僕は
感じていました。
人柄も温かく、たまに食事やお酒を
飲み交わすほどの、程よい距離感。
気取らず、穏やかな時間を共有
できる存在。そんな関係が自然と
続いていました。
けれど、
ある時、値上げの案内
を受け取ったとき――
心のどこかで、微かな違和感
が芽生えたのです。
『何だ?何かが、違う...』
値上げ自体に違和感を覚えたの
ではなく、言葉にはできないけれど、
感性の深いところで、静かにサイン
が灯った瞬間でした。
そこから、僕は少しずつ足が遠のき、
他店にも足を運びながら、自分に合う
場所を探し始めました。
幾度かのミスマッチを経て、ようやく
渋谷の某美容室にたどり着きました。
そこには、僕の感性に寄り添って
くれる店長がいて、技術、センス、
お洒落への感度――すべてが、
申し分なかった。
三週間に一度、自然と通うようになり、
今ではこちらで過ごす時間のほうが、心
の中でずっと重みを持つようになってい
ました。
けれど、今日――
ふいに、二年ぶりに駅前で、かつて
のオーナーと再会しました。
雑踏の中、変わらぬ笑顔で僕を迎えて
くれた彼に、僕も自然体で応え、軽く近況
を交わして、その場を後にしました。
けれど、背を向けた瞬間、ふと胸の奥に、
言葉にできない感情が滲んだのです。
彼の微笑みの奥に漂っていた、
かすかな哀愁。もう取り戻せない
時間への、静かな無念...
もちろん、彼はプロとして失格だった
わけではない。ただ、僕が求める感性とは、
いつの間にか、すこしだけ違う道を歩んで
いた。
きっとそれは――
『過去にちゃんと築いていたもの
が、たしかにあった』という証拠。
ただのサービス提供者と客というだけ
の関係なら、こんなふうに心がきゅっと
なることは、なかったはずです。
一時期、僕たちは、たしかに心を通わせ
ていた。けれど、時の流れと、感性の変化
によって、静かに、そして自然に、離れて
いった。
無理に引き止めるでもなく、
責めるでもなく。
ただ、立ち止まって振り返ったとき、
小さな郷愁のようなものが胸に残る――
今日のその出来事は、きっと僕が
”成長した”という、静かな証明なのだと
そう思っています。
無理に背を向けるでもなく、
かといって無理に引き返すでもなく。
このまま、
『過去を大切に思いながら、
自分の道を進んでいく』それでいい。
少し沁みるような、そんな一日でした。
そして、思うのです。
出会いがあったから、別れが痛む。
それは、出会いが本物だった証。
別れは終わりではない。
それは――未来への贈り物。
だから、もしあなたが、
今、誰かとの出会いに胸を躍ら
せているのなら。
あるいは、誰かとの別れに、
静かに涙しているのなら。
どうか忘れないでください。
あなたが感じたそのすべては、
これから出会う、もっと深い”誰か”
のための、大切な準備。
愛したことも、信じたことも、
そして離れることを選んだ勇気も――
全部が、あなたをもっと輝かせる未来
へと、繋がっている。
出会いも、別れも、すべては
未来のあなたを育てるためにある。
今日の小さな選択が、きっと、明日の
あなたを優しく包んでくれるはずだから。
どうか、あなた自身の感性を信じて。
そして、今日という日を、
"大切に抱きしめていて”くださいね。
露花 仁
仁の写メ日記
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【出会いと別れは、きっと未来への贈り物】仁