皆さん少なからず『裏切られた』と思うことはあると思います。
そしてその感情は『信用していたから』こそ深い傷になり、人を信用できなくなるきっかけになると思います。
そもそも人を信じるべきなの?
他人に過大な期待をするからいけないのでは?
など、どれも正論の様な気もしますが人を信じれないのって寂しくもありますよね。
私もサラリーマン時代に目をかけて育てようとしていた部下が内部不正をして深く落ち込んだことがあります。
社内でも大きな問題になり自身の管理責任を問われ厳しい立場に追いやられましたが、その時の社長に言われた言葉が今でも心に刻まれています。
『裏切られると信じるのが怖くなるだろ?
それでも人を信用しなくてはならない』
『でも信じる人を間違えてはいけない』
下記の3つをあげられました。
①お金を持っているか
(額の問題ではなく計画に増やせているかどうか)
→今日のご飯を食べるお金がないと不正をする確率が上がる
②大切なものを持っているか
(親や子供など守るべきものがあるかどうか)
→子供など自分の命に変えてでも守りたいものがあれば不正をする確率は下がる
③夢を持っているか
→なりたいものが明確にあれば不正をする確率は下がる
もちろんこれだけで判断するわけでもないし、これがあれば裏切られる事が無いわけでもない。
言いたいことは恐らくなんでも無闇に信じるのではなく、自分の中で信じるに値する軸を作ることの重要性を教えたかったのだと理解しました。
その自分の中の軸をもって人を信用すること。
裏切られたらまた自分の中で別の軸を見つければいい。
そんな風に考えています。
ただ“自分が信じた人“に対しては疑う気持ちを持たず、真っ直ぐに付き合っていきたいなと考えています。
長月ちひろの写メ日記
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人を信じるとは長月ちひろ