【【アパレルという仕事】】- 黒川 慎吾(FIRST CLASS)- 出張ホスト

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黒川 慎吾の写メ日記

黒川 慎吾

黒川 慎吾  (45)

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  • 【アパレルという仕事】
    黒川 慎吾
    【アパレルという仕事】

    興味のある事は
    何でもやってしまおう。
    という好奇心旺盛の黒川は
    アパレルで働いた経験があります。



    思い起こせば高校生の時
    バイト先の仲間がきっかけでした。

    音楽、格闘技とお金を稼ぐ位しか興味がなかった僕
    通っていた高校は共学で普段は制服なので
    オシャレにそこまで興味がなく
    洋服には無頓着でした。

    そこへ高校2年生の時
    同年代のバイト君が入ってきたのです。

    彼は男子校だったので
    毎週末は決まって他校の生徒と合コンでした。

    彼はバイト代全てを装飾品につぎ込み
    高校生なのに5万円も10万円もする
    アクセサリーを身につけ

    服は1着数万円するブランド品を
    好んで着ていました。



    当然ブランド品に興味のなかった僕ですが
    何も知らない僕に彼は一緒に買い物に行こう!と
    原宿、渋谷に買い物に
    連れて行ってもらった事を覚えています。

    それがきっかけでファッションに目覚めた僕は
    彼よりも、ファッションに詳しくなっていくわけです。



    20代になって興味がある事を仕事にしようと思って
    アパレル業界に進もうと決めます。

    でもアパレルも大手では
    未経験はエントリーの段階で弾かれ
    面接すらしてもらえません。

    そこで当時の僕はあらゆる人脈を使って
    アパレルの社長さんを紹介してもらうのです。

    卸売専門で経営していた会社が
    新しく店舗を構えるとの事で
    立ち上げメンバーとして参加する事になりました。

    しかも、アパレル未経験でありながら
    当時はヨーロッパによく行っていたというだけで
    「バイヤー」として採用されるのです。



    それからは月の半分はヨーロッパへ
    残り半分は店舗に立つという働き方でした。

    自分が仕入れた物が店に並ぶのは
    何とも言えない気分で
    他の店員以上に販売には力が入ります。

    数万円のシャツ
    高い物だと数十万円の靴やアクセサリーと
    単価は高めでしたが
    ここでは書けない様な
    有名人や著名人などの顧客さんも居て
    ありがたい事に人気の商品は即完売でした。



    当時は服を自分で作るとまではいきませんが
    既製品をリメイクしては
    オリジナルの服も着てました。

    「お兄さんが着てる服が欲しい」
    なんてよく言われましたが
    「ごめんなさい、これは1点物なんです」
    とよく断ってたのを覚えてます。
    何気に裁縫も嗜む黒川です。


    数年で店舗数も増え、通販事業も好調でしたが
    仕事で海外に行く機会がさらに多くなり
    また社長さんとも段々と方向性が合わなくなり
    業績は好調でしたが
    アパレルは卒業してまたしばらく旅へ出ます。

    さてそれはまた次のお話。




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