「あの人には何でも話せる」
そんな間柄の人が一人でもいたら、幸せだろうか。
それは友達なのか、家族なのか、恋人なのか。
「あの人にはなんでも話しているから、きっと理解してくれている」
話す話題に制約がないと、話題は無限にある。
その人の基本的な情報から、最近の出来事まで。
何でも話せると言いながら、
実はほぼ話していることは表面的なことだったりする。
当然われわれキャストは自分のことに関して、
基本情報をすべて話しているわけではない。
正確に言えば話せるわけではない。
だが既成事実がその人の全てを形成しているのではない。
本質的な部分はもっと違うところにある。
それはことばで伝わる部分もあれば、
ことばでは伝えにくい部分もある。
その人がどんな顔つきで、どんな表情で、どんなふるまいをするのか。
それだけでも非言語的な表現として、
その人を形成する重要な一部になりうる。
制約があるからこそ、
既成事実にとらわれず、
その人の人間像を自由にイメージできる。
何を話すかではなく、どう話すか。
そして相手の話を、どう受け止めるのか。
そこに、本来の人間性が垣間見えると思うと、
何を話すかは、二の次なのかもしれない。
秋山 純士の写メ日記
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有限の世界に、無限の想像性を秋山 純士