【時もかさねて】
第三話
かさねる
そこにいたのは彼だった
黒い服
変わらない立ち姿
少しだけ視線が合って
何も言わずに小さく頷いたように見えた
私は黙って頭を下げた
心が少し浮ついていた
香りも声も
立ち居振る舞いも
あの頃と同じだった
髪の色だけ
少し落ち着いた気がした
彼は流れるようにタオルを整え
私はベッドに横になる
目を閉じると——
——時間が過去へと滑り出す
施術が終わったあと
眠れました、と伝え
彼は少しだけ笑った
そんな過去の記憶
声に出して笑ったわけじゃない
でも確かにその目元はゆるんでいた
あれがきっかけだったのかもしれない
あの笑顔がずっと頭から離れなかった
施術中に視線がぶつかった時もあった
ほんの一瞬の何でもないような時間
それが妙に嬉しかったのを覚えている
なのに私は
通うのをやめた
気づかれたくない
悟られたくない
その気持ちを知られたくなくて
自分で距離を取ってしまった
——そんな彼が今目の前にいる
まるでデジャヴのように
過去の記憶と目の前がかさなる
目を閉じたまま
彼の手が足に触れる
肌と肌がかさなる
一瞬動きが止まったような気がした
たぶんこちらの反応を窺ったのかもしれない
言葉はなかったけれど
きっと痛くなかったかと
確かめたかったのだと思う
私は深くも明るい呼吸をはいた
息抜きを始めるかのような
感覚だけで呼吸で伝えた
それで伝わったようだった
この無言のやりとりが
以前と何も変わっていないことが
不思議と嬉しかった
——気付けば私は鏡の前でピアスをつけていた
施術が終わり
最後に腕時計をつける
足取りは心とは裏腹に軽くなっていた
受付をあとにして
彼に手を振り別れをつげた
何かを伝えたそうに見えた
けれど彼の笑顔が私を押し出す
声にはならなかった言葉が
残像のようにそこにあった
言いかけた言葉の続きを
私は知ることができなかった
けれど
あの投稿の意味だけは
まだ心に引っかかっていた
「一区切り」とは
結局なんだったのだろう
(第四話につづく)
国見 孝太郎の写メ日記
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【時もかさねて】 第三話国見 孝太郎