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国見 孝太郎の写メ日記

国見 孝太郎

国見 孝太郎  (36)

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  • 【夜に明ける】イッキ見ver
    国見 孝太郎
    【夜に明ける】イッキ見ver

    【第一話】空


    ベランダから眺める住宅街のイルミネーション
    古びたマンションの4階からでは
    決して幻想的な風景ではないし
    まばらに瞬いている様はなんだか切ない

    ーーそっか、クリスマスはもう終わってるんだ

    それは片付け忘れているだけかもしれないし
    クリスマスのためだけに装飾しているわけでもない
    あるいは賑やかに見えれば良いだけかもしれない
    25日を終えたらすぐに片付けるルールなんてない

    どちらにしても私には関係のない事だ
    去年もそんな事を考えながら同じ景色を見ていた
    その前も、さらにその前の年もそうかもしれないし
    そうじゃないかもしれない
    そんな代わり映えのない年末を過ごしている

    そして、気付けばもうこんな年だ


    昔は30代なんておばさんだと思っていた
    30くらいになれば勝手に結婚できる
    そんな気持ちで漠然と過ごしていた20代
    ……なんて思いながら30代も後半
    ただ、結婚への憧れが強いわけではない

    それは両親の影響もあるかもしれない
    亭主関白な父親の言動に対して
    どちらかと言えば不快な気持ちを抱いている
    かといって明確な反抗期があったわけでもなく
    家族仲良く旅行に行くような家庭でもない


    お皿に乗った飾りっけのないショートケーキ
    クリスマスらしさなんて全くなくて
    色物を毛嫌いする父親に気を使いつつ
    娘のためにも季節事を添えてくれている
    そんな母の立ち回りを健気に感じてしまう

    だからハッキリと言った事はないけれど
    そこまでイチゴが得意な方ではない
    かわいらしいルックスとはかけ離れた
    口に残る酸味がイヤなんだ

    そんな二人の反面教師が私を形成している


    非行に走ってみようかと考えた事もあるが
    私に似合わない事くらいは理解している
    それどころかクラスで唯一の皆勤賞だった

    内緒で買ってみた電子タバコですら
    口に添えてはみるものの、電源を入れる度胸もなく
    手持ち無沙汰を解消するアイテムでしかない
    それ以前にもう隠れて買うような年齢ではない


    そんな事が頭を巡り、吐き出される白いため息が
    束の間の夏と秋のように、一瞬で夜の空に消える


    ーーそろそろ寝ようかな
    風も冷たくなってきたし、明日はやっと仕事納め


    冷え切った指先の感覚はなく
    中指を雑にスマホにぶつける
    電池は残量が見えない程に僅かしかない
    薄暗い画面がはっきりと視認できず
    画面を覗いた瞬間にロックが外れる


    寝起きに通知を見るのが嫌いな私は
    大した数もない通知を一通り消すのが
    寝る前の日課なのだが
    友達なんていないし、もちろん男もいない
    毎日のように届く多種多様なメルマガくらいだ

    狙いが定まらない指先が別のアプリに触れ
    想定外にブラウザを立ち上げてしまう
    アプリを落とそうにも重なる誤操作

    そして……
    古い閲覧履歴が私の記憶を起こそうとする


    一枚の画像がぼんやりと映し出され
    そこには新緑の陽に包まれた男性の姿
    その瞬間、冷え切った私の心に
    あの夏の温かい記憶が微かに灯った

    ……と同時にスマホが力つきてしまった




    あの夏から走り続けることになった私
    限界寸前な心と体がほんの少し息を吹き返す
    気合い交じりのため息はベランダに残し
    ゆっくりと閉めた窓には、珍しい表情が映る

    明日の密かな楽しみをスマホに託して
    私は眠りに着く事にした




    【第二話】不常


    年末休暇に入るはずだったのに
    今年も緊急対応という名の尻拭いだ

    朝から電車に揺られる大晦日
    いつもなら満員電車のはずなのに
    今日はあの夏の日と同じようにまばらな車内

    バッグからスマホを取り出し、ロックを解除する
    心に若干の後ろめたさがあるせいか
    不安定な視線が電車の様子を伺いながら
    定まらない指先でゆっくりとスマホに触れる

    そして……
    あの夜に蘇った記憶を手繰り寄せる

    ーーそう、「彼の文章」




    普段であれば、通勤時間が長いこともあり
    後発の整列乗車列に並んでは
    必ず仕切りの板がある端の席を確保する

    残念ながら女性専用車両に対応していない時間だ

    板に身を寄せ、枕代わりのバッグに顔を埋める
    もちろん寝ているわけではないのだが
    髪型が崩れないように、メイクが落ちないように
    ハンドタオルを一枚敷き、そっと顔を乗せる
    誰かと目が合うような事は避けたい
    音漏れしない程度のギリギリの音量で
    周囲を遮った時間を過ごす

    ちょっとした旅行くらいな距離がある反面
    始発駅で座れるのが唯一の救いである
    だからといって気を抜けるわけでもない

    汗まみれのオジさんが隣に座った日には
    一日中腕に悪いモノが取り憑かれたような気分で
    そんな事もあってか、どんなに暑い日であろうと
    電車の中ではカーディガンを羽織るようにしている

    一人分の席の領域を破ってくる無神経さ
    無自覚に荒ぶる耳障りな呼吸
    そんな時はいつもより音量を少し上げて
    鞄をギュッと抱きしめて息を潜めている


    そんな窮屈が続いた夏のある日の事だった

    ーーそう、あの日もまばらな車内だった


    あの日、お盆の時期もあってか
    ターミナル駅からの人の乗り換えも少なく
    私は学生の頃に憧れた非行、とまではいかないが
    初めてキスシーンを観た子供のような気持ちで
    SNSで見かけたあるドラマの情報を追いかけていた

    恋愛経験が多いわけではないせいなのか
    学生時代、クラスで流行った少女漫画の影響なのか
    そっちの方は偏った情報しか持ち合わせていない
    しかしそれを自覚しているから自分は例外だ
    ……なんて言い聞かせながら恋愛に距離を置いていた

    物語は地上波で放送されているドラマとは違い
    少し大胆な表現なのか、私の感覚が未だ子供なのか
    刺激的な単語ばかりが目に飛び込んでくる
    私は普段そういった単語を口にするのは苦手だが
    文字で検索するくらいであればなんの躊躇いもない
    ……はずだった

    ーー「女性用風俗」


    瞬間、腕に不快な感覚がよぎった
    男のみの世界の、お世辞にも印象の良くない言葉
    車内はまばらなのに、隣は空席なのに


    停車した駅名を確認し、重く一息をつく
    その流れで次の駅を確認するフリをしながら
    ゆっくりと隣の空席を確認し、また車内を見回す

    嫌悪感でいっぱいになったはずなのに
    SNSで溢れる情報の波と
    怖いもの見たさの気持ちに押されて
    耳慣れない言葉を検索してみる


    モザイクばかりの男性の写真が並ぶ
    時おり現れる上半身裸の写真

    ーー腹筋だけでどう判断するの?

    不覚にも車内で苦笑いを浮かべてしまったが
    一種の見下したような気持ちが、心の障壁となる


    電車に揺られながら指先が奥へと進める


    様々な店、たくさんの男の子の存在
    私には縁のない世界だと思っていた
    「彼の文章」に出会うまでは……


    現実に戻るまで残り数駅、私は電車に揺られながら
    彼の世界へと踏み込んだ




    ーーそう、「彼の文章」

    彼のアカウントから発信されている文章
    彼が発信しているであろう言葉
    彼の言葉に私は何度も目を止めてしまう


    読むほどに引き込まれる彼の世界
    徐々に迫る最寄り駅


    電車の減速とともに、スマホをバッグにしまう
    到着と同時に手すりを掴んで勢いよく立ち上がる
    自分自身で心の高まりを感じる
    仕事終わりの楽しみができたせいか
    足取りは軽やかに、私は職場へと向かった

    その先の物語が無い事など知る由もなく……




    【第三話】価値観


    年末にも関わらず、緊急対応で出社し続けた私は
    なんとか仕事を納めきった
    イベント運営の業界では珍しい事ではない
    さらに言えばこんなトラブルは推測の範囲でしかない

    あの時ちゃんと声に出して指摘さえしていれば……


    足取りが軽かったはずの気力など無く
    まばらに空いた席と、触れたくないつり革も避け
    ドア付近に身体を預けながら帰路についた

    そのまま鐘の音を耳にする事なく、眠りに落ちた


    そして……
    いつもの週末と同じような新年を迎えた




    普段は口数が少なめな両親だが
    年始に限ってはリビングで談笑をする
    宝くじが当たったらだの、当たるはずがないだの
    ギャンブルをする度胸もないクセに

    私はタラレバの話が嫌いだ
    あの時ああしていればとか、こうしていればとか
    もし宝くじが当たっていたら……
    買ってもいない奴の会話ほど無駄な時間はない

    そんな話題に乗っかって、男心をくすぐるような
    喜怒哀楽が溢れるほど豊かなリアクションなんて
    私には向いてはいないし、する気もない


    ーーあの時、メールしていれば

    後悔なんてものは先に立ってはくれない
    知らない世界の事件やトラブルなんて予測できない
    ほんの少し前まで高鳴っていたはずの気持ちが
    スマホを握る気力すらなくなってしまった




    夏以降、孤独に繁忙期と闘っていたせいで
    「彼の文章」の存在を追いかけられずにいた

    繫忙期には少し早いのかもしれないが
    手間がかかる作業から些細な作業まで
    全て私のところに放り投げられてくる
    こんな時に限って、私は愛嬌が良いフリをする

    そうやって何年も出会いのキッカケを塞いで
    こんな年にもなればそんな職場の男達が
    恋愛対象どころか不快な存在に感じている

    ストライクゾーンなんて年々狭まる一方だ
    そんな不満を胸に秘めているが
    職場恋愛なんて真っ平ごめんだ
    だからといって出会いの場に足を運ぶ気も無い

    一目惚れなんてしたこともなければ
    年を重ねるほど恋は芽生えにくいって話だ
    経験を積めば積むほど価値観が固まり
    あれがイヤだのこれがイヤだの……
    優先順位のつけられない、譲れない価値観たち

    ーー若い頃に少しは恋愛をしておけば良かったな
    タラレバの一つや二つ、誰だってしてるよ


    そうは言っても凝り固まるのがこの年の価値観
    そう簡単には切り替えられない
    男慣れしていない私には高過ぎるハードル


    ーーならばいっそ下をくぐってみようか!




    ……なんてトンチを言いたくなってしまったのは
    間違いない、彼の影響だ


    吸い込まれるくらいに、彼は心地よい文章を紡ぐ
    ポジティブな言葉に見え隠れする悪戯な毒気
    シンプルな単語の裏に仕込まれた様々な伏線

    それでいて誰よりも強めのモザイク
    シャープな輪郭のみで表情なんて窺えない

    だから苦手意識である異性を感じなかったのだろう
    私が興味を持つにはピッタリな存在で
    逆に言えばハードルが低い存在

    しかし見えないビジュアルよりも感じる魅力
    追いかけたくなるリズミカルなワードセンス


    右を見ても左を見ても、ありきたりな言葉ばかり
    安い少女漫画ですら使われないありふれたクサい文句

    しかし「彼の文章」は客を、女を誘惑していない
    逆に試されているような、挑発されているような
    私が評価するのも変な話だが、万人受けしない内容
    浮き隠れている……と表現すれば適切だろうか

    時には短く、時には長く、それでいて小気味良い
    理解できない内容も時にはあったが
    それはきっと私の理解力のせいだ

    ……私は完全に彼の虜になっていたのだ
    とにかく謎で気になる存在、気になる文章だった

    ーーそう、それももう過去の話




    あの夏、追いかけるように読んだ彼のアカウント
    同じ時間を過ごしたかったのに
    久しぶりに見たアカウントは更新が止まっていた


    彼は本当に存在していたのだろうのか
    私は彼の後ろ姿を見ていただけ

    あの時踏み込んでいれば
    あの時メールの一つでも投げていれば

    ーーそんなことしか言えない自分が本っ当に大嫌いだ


    嫌悪はいつだって私の隣に勝手に居座る
    私の腕に、私の心にいつも重くのしかかる
    プラスにもならない無駄な価値観なんて
    早く捨ててしまえば良かったんだ

    ーー彼に会いたかった




    【第四話】きっかけ


    年が明けるって、何がめでたいのだろうか

    新年のあいさつが嫌いだ
    亭主関白な父親が嫌いだ
    タラレバの話をする奴が嫌いだ
    嫌いな事ばかりが多い自分が嫌いだ
    もう何もかもがイヤだ

    嫌いな事にも無関心だったはずなのに
    後悔が、負の感情が私の心を揺さぶる

    ベランダから見える景色を眺めても
    吸えもしない電子タバコを握りしめても
    イライラが止まるはずがない


    子供の頃、親に手を引かれて行った初詣が嫌いだった
    人波を掻き分けきれず、それでも引っ張られる手
    知らない大人に囲まれる息苦しさと不安

    大人は自由を奪い、進むべき道を阻んでくる

    中学に入る頃、人生で初めて両親に拒否を示した
    ……それ以降、正月は億劫な行事になった

    仕事は好きな方ではないけれど
    家にいるよりはよっぽどいい
    尻拭いだろうと頼りにされる私がいる

    新年の空気感が溢れた街並みも嫌いなのに
    気持ちが押しつぶされそうな私は家を飛び出した




    何もかも否定するように
    いつもと違う電車に乗り
    いつもは避けるターミナル駅で降り
    人の通りが少ない方へと足を向けて歩く


    気付けば繁華街の大通りにいた

    私が大人になったのか、時代の流れなのか
    あの頃ほどの活気が街からは感じられない

    繁華街の奥へ行くほどさらに人の数も減り
    ちらほらとカップルが歩いている程度
    いや、カップルではないのかもしれない

    立ち並ぶホテルから出てくる男女もいれば
    周りを気にしながら入口へ消える男女
    見てはいけないものを横目で見ながら
    足早にその一帯を抜け出す

    カイロ代わりのお茶を自販機で買い
    気付けば神社のそばを歩いていた

    やっぱりあの頃よりも人波を感じない
    昔とは違う風景が目の前にあった

    記憶が塗り替わると共に
    負の感情が少しずつ薄れていく……

    ーーおみくじ、引いてみようかな


    自分自身への反抗期なのだろうか

    思い返せばおみくじなんて引いた経験がない
    理由は単純で、親の許可が下りなかったからだ
    もし凶を引いたら、その一年が不幸になるそうだ

    ーーそっか、親への反抗期か


    タバコを吸う事よりも抵抗はないし
    彼にメールをするよりハードルは低い
    でももし大吉が出たら、彼に連絡してみよう

    ーーとにかく変わるきっかけがほしい!




    ……結果は吉だった

    また心にぽっかりと穴が空いた
    冷たい風が頬に当たる
    買ったばかりのお茶のぬくもりが不快に感じる
    大吉さえ引いていれば彼に会えたかもしれない
    でももう彼はこの世界にも、あの世界にもいない

    だけど彼に会いたい
    叶わないなら「彼の文章」に触れるだけでいい
    そう想って、彼のアカウントを開いた




    ーーふふふっ、やっぱり彼は面白い


    止まったはずのアカウントに新しい投稿があった
    まるで今の私の背中を押すような
    私の見透かされた心にイタズラをするような
    そんな不思議な小説が投稿されていた

    なぜ小説を書いたのか、理解はできない
    いや、彼が私に理解できるはずもないし
    理解する必要もない
    彼はいつだって私の価値観の、常識の外側にいる


    ーー彼にメールしてみよう!

    どんな人かは今もわからない
    結果は大吉じゃないかもしれない
    でも私の吉はハズレなんかじゃない
    おみくじの結果の価値は私が決めればいい!

    彼に会う時はどんな格好でいこう?
    彼に会ったらどんな話をしよう?
    初めての挨拶はあけましておめでとうかな?
    でも正月早々に初めての連絡だなんて非常識かな?
    絶対にキモいって思われる……


    ……宝くじを買ってもいないのに
    また私は無駄な事を考えてしまった

    どうせ返事なんて来ないだろう
    期待さえしなければ少しは気がラクだ
    そんな想いで彼にメッセージを送信した


    ーーダメだ、待つのがツラい

    そんな感情に押しつぶされそうな私は
    耐え切れずに送信履歴を削除した

    そしてスマホを鞄にしまった瞬間
    微かに振動音が鳴ったような気がした
    年賀メールすら届かない私のスマホなのに

    感じたことのない息苦しい感覚
    胸で感じ、耳にまで届く心臓の鼓動
    私はゆっくりとスマホのロックを解除した


    相変わらずモザイクで表情がわからないアイコン
    堅苦しくない気さくな文章
    まだ会ったこともないのに


    私は止められない笑顔をマスクで隠し
    夕陽が沈む街に背を向けて
    街灯が導く駅の方へと駆け出した




    改札を抜けたと同じくらいに発車のベルが鳴り
    急いで電車に飛び乗る

    幸運にも空いていた端の席に腰を掛け
    握りしめていたスマホのロックを解除し
    荒い呼吸に気付いた私は深い一息で呼吸を整える

    ーー届いたばかりの、私だけへの「彼の文章」
    今、同じ時間に存在している


    そして……
    彼への期待感を隣に乗せて
    私は、ゆっくりとホームから動き出したーー




    おわり


    「物語の続きはお問い合わせの先に……」