「濡れなくてすみません」って、謝る人がいる。
でも俺はいつも、その言葉を聞くたびに、なんだか胸がぎゅっとなる。
濡れているかどうかは、快感の証明じゃない。
身体って、日によっても違うし、心の状態や体調、ホルモンのリズムにも影響される。
それはすごく自然なこと。
感じているのに、濡れないこともある。
逆に、そこまで気持ちが乗ってなくても、身体だけは反応してしまうこともある。
性感において、“濡れる=感じてる”というイコールは、実はとても雑な分け方だと思う。
だから俺は、身体が発しているのが“快感”なのか“緊張”なのかを、ちゃんと観察するようにしてる。
指先に伝わる温度、少しだけ跳ねる肩、触れたあとに呼吸が深くなるか、それとも止まるか。
そういうところに、ヒントがある。
無理に濡らそうとは思わない。
そこに執着するほど、性感は遠ざかっていくから。
感じるって、“身体がどうなったか”じゃなくて、“その瞬間、自分でいられたか”だと思う。
「濡れるかどうかより、安心して反応できるかどうか」
それが性感の土台だと思ってる。
性感って、触れることじゃなく、ほどけていく過程そのもの。
だから、焦らなくていい。
足りないって思わなくていい。
そのままで、充分。