Noah

東京・愛知/性感マッサージ/全国出張可

昴の写メ日記

  • 「応える」じゃなくて「合わせる」になってしまっている瞬間
    「応える」じゃなくて「合わせる」になってしまっている瞬間

     


    “期待に応えること”って、セラピストをしている以上、ある意味で前提みたいなものなんだと思う。



    どんな時間を過ごしたいか、どんな言葉がほしいか、どんな空気に癒されたいか。
    目の前にいるその人の望みに寄り添って、形にしていくこと。
    それは間違いなく、セラピストとして大切な一部。


     


    だけど、気づいたら「応える」じゃなくて「合わせる」になってしまっている瞬間があった。


     


    本当は違和感を覚えたことにも笑顔で返してしまったり、自分の中で大事にしてきた“芯”を少しずつ曲げてしまったり、無理をしてまで期待に応えようとしすぎて、終わったあとにひとりでぐったりしてる夜が増えていった。


     


    それでも、「それで喜んでもらえるなら」と思ってた。
    だけどある日ふと、こんな問いが浮かんだ。


     


    “自分をすり減らしてまで応えたその期待は、本当にその人のためになっていたのかな”って。


     


    相手が望むままを全部受け入れることが、必ずしもその人のためになるとは限らない。
    こちらが無理をしていれば、その空気はどこかで伝わってしまう。
    どんなに笑っていても、心がこもっていない“サービス”は、やっぱり心に届かない。
    そしてそれは、お客様にとっても、本当の意味で満たされる時間にはならないはずなんだ。


     


    誰かの期待に応えるということは、ただイエスを重ねることじゃない。
    ときに「NO」を含んだ上で、それでも共に居心地のいい場所をつくることが、大人同士の信頼なのかもしれない。


     


    それにこちらが無理をせず、自分を大切にしながら目の前の人と向き合えたとき。
    その時間って、不思議と自然体でいられて、相手も心からくつろいでくれている気がする。


     


    期待に応えることは大切。
    でも、“過剰に”応えることは、時にお互いの関係性を歪めてしまう。


     


    少しずつ、心の奥にあった「いい人でいなきゃ」という鎧を脱いで、“ちゃんとした昴”じゃないときも、誰かに愛される感覚を信じてみたい。


     


    今日もまた、「寄り添う」と「媚びる」の境界線を、自分の中で確かめながら生きてる。


     


    ◆─-- - - - お知らせ - - - – --─◆


     


    Lit.linkのご案内!


    昴のスケジュールやキャスの情報などが一目でわかるサイトがあります!


    以下のURLから確認することができますのでぜひご覧ください!


    Lit.link(昴)