匂いには、記憶を呼び起こす力がある。
香水の香りが誰かを思い出させたり、ふとした瞬間に甘い残り香に振り返ってしまったり。
人は、視覚や聴覚よりも、嗅覚で深く記憶を刻むのかもしれない。
男と女が交わるとき、そこには必ず「匂い」がある。
石鹸の清潔な香り、シャワー後の湿った肌から立ちのぼるほのかな甘さ、吐息に混じる微かなアルコールの気配、そして、肌と肌が重なったときに生まれる、言葉では言い表せない熱の匂い。
フェロモンという言葉があるが、それは単なる科学的な現象を超えて、男と女の間に生まれる本能的な引力のようなものだ。
俺は、匂いに敏感なほうだと思う。(最近は鼻が詰まってわからないが)
例えば、初めて会う女性の香水の種類で、その人の雰囲気や好みがなんとなくわかる。
甘さを抑えたウッディ系の香りなら大人っぽくて落ち着いた女性。
フルーティな香りなら可愛らしくて明るいタイプ。
バニラやムスクが効いた香りなら、どこか妖艶な色気を持っている。
肌に残るボディクリームの香りまで気にしていると、素の部分が垣間見えるような気がする。
俺自身は、PENHALIGON’SのTEDDYを使っている。
深みのあるウッディな香りに、どこか遊び心のあるスパイシーなアクセント。
甘さと品のバランスが絶妙で、纏っていると自分の存在感が際立つ気がする。
誰かの記憶に残るなら、こういう香りでありたいと思う。
ときどき、ふと「この匂い、忘れられないな」と思うことがある。
それは、単に香りが強いとか好みだとか、そういう単純な話ではない。
触れ合う時間の中で、その人の体温や仕草、視線や息遣いと混ざり合い、俺の中に焼き付いた匂い。
そんな匂いに出会うと、時間が経っても、不意に思い出してしまうことがある。
すれ違ったときに微かに残るボディミストの匂い。
肌が触れた瞬間に感じる、体温と混じった香り。
記憶の奥に、存在を匂いとともに刻みつけられていたら──
そんなことを考えると、少しだけ愉しくなる。
香りは消えても、記憶は残る。