【「我慢をした子だけがお菓子を貰えないまま、、、」僕は、ちゃんと我慢をしてきた子に 気づける大人でいたい。】- 拓実(SPA White)東京/愛知/大阪/性感マッサージ

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拓実の写メ日記

  • 「我慢をした子だけがお菓子を貰えないまま、、、」僕は、ちゃんと我慢をしてきた子に 気づける大人でいたい。
    拓実
    「我慢をした子だけがお菓子を貰えないまま、、、」僕は、ちゃんと我慢をしてきた子に 気づける大人でいたい。

    子どもの頃、本当は自分もお菓子が欲しかったけど、ワガママを言ってはいけないという
    親や大人の言葉の通りワガママを言わずに我慢をした子

    自分も、もっとふざけたり、楽しそうに子どもっぽい事をしたかったけど
    「ちゃんとする」ように言われ
    それを「ちゃんと」守って行動をしてきたことで


    いつしか、ふざけることがうまくできなくなっしまったり

    無意識的に、それが自分の性格だと
    思うようになってしまった子


    でも、その一方で

    結局

    ワガママを言った子は
    お菓子をもらえ


    ちゃんと我慢をした子は
    もらえないでいる


    うまくふざける子や
    子どもらしい行動をとる子は

    大人が目や手間をかけてくれたり

    ワガママを言える大人になっていくけれど



    大人の言葉の通り「ちゃんと」してきた子は

    そのままにしておいても大丈夫だから と

    手間や愛情をかけてもらえなかったり

    他の子が、やっても怒られないようなことでも、この子は手間がかからないという前提で思われているから、少しのことで怒られたりして

    大人になってからも

    自分の思いや

    嫌だということを

    即座に言えず、自分の心の中にしまう癖が
    身についてしまっていたりする。





    世の中には、こんなことが
    たぶん割と珍しくなく起きていて


    それにもかかわらず


    ちゃんと我慢をした子が
    悲しい思いをしているのに

    「それで良し」

    とする、大人では

    僕は

    決して居たくない。






    今、僕は、一応、
    大人をやっているから

    お菓子くらいの
    ささやかな喜びだったら

    もしかすると誰かに与えられるようになったかもしれない。


    もし、僕が

    誰かに、そんなささやかな

    喜びを与えられる場面があるならば



    ワガママを言う子の言葉だけに気づいて


    その影で、我慢している子の存在に気づかないなんて、そんな事は

    絶対にしたくない。



    この文章を書きながら


    影で我慢している子のことを思い浮かべるだけで


    なんだか、胸が締め付けられるような
    涙が出てきそうな気持ちになる。



    でも、こういった事って



    決して、子どもの世界だけに起きている事じゃないと思う。



    ワガママを言う子


    大人の世界で言うなら


    主張の強い人
    いわゆる声の大きい人


    のワガママや要求は

    通りやすいけれど




    少しくらいのことなら


    自分が我慢をすれば良いって思って


    そっと、自分の心に

    とどめておいてくれる人が感じた理不尽などは


    気づかれず、そのまま
    無かった事になってしまう。






    大人の世界なら



    自分が主張しなかったことは

    気づかれないのは当たり前だから


    主張しなかった人間が悪い。


    って、世間からきっと言われると思う。

    多分、それが一般論なんだと思う。


    でも、心にそっと、しまってくれる人がいるから、世の中ちゃんと回っている面が多々あって

    全ての人が、声の大きい人、主張の強い人だったら、世の中も組織も、決して回らない。機能しない。



    少なくとも、僕が子どもの頃の日本の多くの場面では


    親は、我慢や慎ましさを美徳として教え



    集団教育の中では

    大人や教員にとって画一的なオペレーションをしやすい扱いやすい子を
    「良い子」「優秀な子」

    という風に、意識的、無意識的問わず
    メッセージを送り続けてきた。


    そういう教育が
    根強かったと思う。


    そういうふうに
    子どもたちに教えたりメッセージを送ってきたのなら


    我慢をした子が割りを食わないように


    大人は常に、アンテナを張っていないといけないと思う。

    「ちゃんとしよう」と我慢をしている子に
    大人は自分から気付きにいこうとしなくちゃいけないと思う。


    ワガママを言う子の言葉には気付きやすい。


    その子に、お菓子を買ってあげれば

    その場がおさまるかもしれない。


    その場がおさまったから

    それで良し

    にするのは

    良い子であることを
    子どもに強いてきた大人がとる行動としては

    あまりに無責任だと思う。



    我慢をした子に、気づかないという事だけでも

    僕は、大人の悪だと思うけれど


    下手をすれば


    我慢をしている子に

    薄々、気付いていながら


    その子は、良い子で、おとなしくしてくれるから


    そのままで大丈夫って

    やり過ごす大人は、少なくないように

    なんとなく子どもの頃から感じてきた。


    こういった話をしていながら


    子どもの頃の僕自身は

    ちゃんと我慢をしてきた子だったり

    ワガママを言わない子だったかというと

    正直なところわからないんです。

    主張の強い面もあったし



    でも、その反面、我慢や忍耐が美徳だと教育を受け
    それを心がけ、感情をおさえようとする子供
    だった部分は間違いなくある。

    ただ

    子どもの頃から、僕はなんとなく
    上のようなことを感じていたから


    世の中に
    うっすらとイライラしてる感覚が
    思春期の頃の僕にはずっとあって



    大人や
    大人に限らず、同年代の人間であっても


    自分もまだ子どものくせに


    良い子やちゃんとした子に
    つけ込むような人間には

    異様に腹が立って

    体も小さいほうではなくて
    気の強いところもあったから

    力での揉め事を
    学校内外で起こすことも
    少なくない子だった。


    ここで、男性によくある

    昔の不良自慢、ケンカ自慢みたいな話をしたいわけでは全くなくて



    僕自身が

    いわゆる
    良い子や
    ちゃんとした子

    だったのかは、自分でもよく分からないのに


    正直、僕が子どもの頃、あなたと同じ
    とても我慢してきた子だったから

    あなたの気持ちが分かります
    あなたの気持ちに寄り添います

    という風な形でメッセージが伝わってしまったら
    それは、いけないことだと思ったから

    ちゃんと、僕自身が子どものときのことも
    少し伝えなくちゃと思い
    書かせてもらいました。





    ただ

    僕自身が、自分が子どもの頃から


    自分は、上に書いてきたような大人には絶対になりたくない

    って、ずっと思っていて

    子どもの頃は

    大人の世界は
    きっと、もっと理性的で
    子どもの世界とは違う世の中が待っているのかな

    とかっていう、どこか期待みたいなものが
    少しあったりしたけど

    やっぱり、大人になった今でも

    残念だけど

    世の中は、同じように僕の目には映っていて


    だからこそ、いま大人の僕は

    波風が立たなければそれでいいとか
    ことなかれ主義な大人じゃなくて


    我慢をしてきた子
    ちゃんとしてきた子に

    できる限り意識を向けていたいって思う。







    大人になった今の僕は、本業も含めると


    老若男女


    日々、色々な人と接する。



    僕という、世の中でいうお偉いさん
    というわけでもない
    1人の大人に



    誰かのために、大きなこと

    大きな喜びに値するようなことを


    することは、到底できないとは思う。



    けれど、



    もし、僕が、誰かに


    ちょっとしたお菓子をあげるくらいの


    ささやかな喜びを与えることができるなら


    色々なことを

    自分の心のなかにとどめて
    我慢をしている子
    我慢をしている人


    ワガママを言わずに

    「ちゃんとしよう」としている子
    「ちゃんとしよう」としている人



    そういう子
    そういう人に

    僕は出来る限り気付きたいって

    痛いくらいに思う。


    偉そうなことを言って
    すいません。


    でも、僕は

    良い子でいることを

    ちゃんと続けてきた子どもや大人には

    もちろん、神様にも味方して欲しいけれど

    神様だけじゃなくて

    人が味方になって欲しいって思う。


    しっかり、周りの人が気付き

    気づくだけじゃなくて

    気づいてるのに
    そのままにするのじゃなくて


    その人のために、少しでも

    心が温まる何かを届けられるよう

    ささやかなことでも

    その人のために、なにか行動にうつす。


    ありがとうっていう言葉を
    誰かが伝えてくれるだけでも

    少し心が温まるかもしれない。



    僕は


    そんな世の中であってほしいって思うし


    そんな世の中であって欲しいからこそ


    少なくとも僕自身は
    そういった、ささやかな行動を

    一つ一つしていきたいって

    日々、思い過ごしています。


    長くなり過ぎてしまうから
    このあたりで終わりにしようと思います。



    いつも僕の拙い文章を
    最後まで読んでくれて本当に
    ありがとう。










    拓実




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