推せる時に押せってよく言われてるけど
その意味合いとしては、いつか居なくなってしまうから
活動してる間になるべく多くの時間を触れ合う。
それも1つの正解だと思うけど
囚われすぎて無理をするのは
不健全な気がする。
お金だって時間だって有限なのだから
特に推しが多い人
推し、これを僕の趣味に置き換える
僕は漫画アニメ音楽、映画にラジオにYouTubeなどなど
幅広くエンタメ大好きだから、時間が足りなくて
いつしか「あれも観なきゃコレも観なきゃ!」
などと、消化試合的に好きな物、コトを消費してしまってた時期があり
全然頭に入ってなくて
いやはや勿体ない!
だから好きな事をする時ほど自由を意識して
「〜しなくてはならない」
このような考えを捨てる
好きな事も、強制されると負担になるから
もし仮に、推しが急に居なくなってしまっても
それまでの想い出に対して、辛かった時間なんて少なければ少ない程良い
居なくなってしまった瞬間の気持ちさえ
映画館のエンドロールを眺めてる気分で
浸るのもまた一興
だから気楽に、推しは推したいって思った時に
押すっていうのも1つの考え方なのかなって
そうして僕は、昨日の相席食堂を見逃した事の
後悔を日記で成仏するのであった
流華の写メ日記
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推しは推したい時に押すもんじゃないかな?流華