以下は「私の身体は“感じる”ことを忘れていた」というテーマに沿って描いた、静かで切実な日記形式の文章です。感覚を失った時間と、その奥にある小さな回復の物語です。
日記:私の身体は“感じる”ことを忘れていた
どこで、置いてきたんだろう。
自分の身体の感覚を。
痛みにはすぐ気づくのに、
気持ちよさにはずっと無反応だった。
撫でられても、抱きしめられても、
「気持ちいい?」と聞かれるたび、
正解を探すように「うん」とだけ答えていた。
たぶん、もう長い間、私は“感じるふり”しかしてこなかった。
あの夜、女性用風俗のセラピストに出会ったときも、
実は何も期待していなかった。
どうせまた、演技になる。
私はそう思っていた。
でも彼は、すぐには触れてこなかった。
「この部屋は、あなたのペースで進めていいよ」
そう言って、ただ隣に座ってくれた。
その沈黙が、なんだか不思議だった。
何かをされるわけでも、求められるわけでもない時間。
それが、逆に私の身体をじわじわと目覚めさせていった。
肩に手が触れたとき、
久しぶりに、皮膚が「ここにいる」と教えてくれた。
胸元にくちづけされたとき、
身体の奥で何かが小さく反応した。
それは性的な興奮というより、
ただ、「あ、これが“感じる”ってことか」と思えた。
ずっと閉じていた感覚の扉が、
彼の手とまなざしで少しだけ開いた気がした。
私は、男の人に触れられることが怖かったんじゃない。
自分の身体が、何も感じてくれないことの方が、ずっと怖かったんだ。
あの夜から少しずつ、
自分の肌を丁寧に洗うようになった。
湯船に浸かる時間が、少し楽しみになった。
自分の呼吸の音が、ちゃんと「生きてる」と思えるようになった。
私の身体は、
ちゃんとここにいて、感じる力を持っていた。
忘れていただけで、
なくしたわけじゃなかった。
ケインの写メ日記
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「私の身体は“感じる”ことを忘れていた」ケイン