帝 東京本店

東京/性感マッサージ/関東圏出張可能

「Kaikan(カイカン)を見た」とお伝え下さい!
050-1720-5497

翠の写メ日記

  • 東京同情セラピスト②
    東京同情セラピスト②

    2.

    お客の名前は「帝美」。30代前半、メイクも控えめで、物静かな女性だった。

    「本当に来るんですね」

    入室してすぐ、それだけ言って、帝美はベッドに腰を下ろした。

    「初めまして、女性用風俗 ミッカドから参りました、吉沢亮です。お隣座っていいですか。」
    僕はこう言って跪いて挨拶した。

    全く笑ってない帝美。
    すぐに名前を翠と言い換えた。

    それから何気ない会話、お客の要望を汲み取るカウンセリングをし、

    僕は手慣れた手つきで帝美をシャワーへ誘導しその間にタオルを広げる。セラピストの基本動作。

    帰ってきた帝美をうつ伏せになるよう誘導し、マッサージをはじめた。

    でもこの半年で、こんな形でに誰かの“身体の近く”にいるのは久しぶりだった。

    「……帝くんは、触れ方が優しくて、あったかいんです」
    「あなたは“機械みたいな”の触り方ですね」

    僕は“帝くん未満”というラベルで、今ここにいる。

    でも施術が進むにつれ、帝美の表情が微かに緩んでいく。

    僕は帝くんじゃない。でも、僕にしかできない何かを、体が思い出していくような感覚。

    最後、帝美が僕に言った。

    「ねえ、帝くんには……言えないことって、あると思う?」

    「帝くんって私の事好きでいてくれてると思う?」

    その問いに、僕はすぐに答えられなかった。

    テーブルに目をやった。

    いつ切られたかわからないりんご。くし形。茶色に変色していた。

    その後、帝美に何を言ったかは、覚えていない。








    その翌週、再び指名が入った。
    今度もまた、帝くんのサブ。名前は――帝美。

    「先週の人、またお願いしたいんですけど」
    予約画面の備考欄には、そんな言葉が打ち込まれていた。

    AI中心の時代でも、人間セラピストを指名する機能は、まだ消されていない。
    それがどれほどの意味を持つのか、僕にはわかっていた。

    部屋に入ってきた帝美は、先週よりずっと落ち着いて見えた。
    でも、施術が始まってしばらくして、唐突に言った。

    「私、保育士だったんです。5年半。」

    その言い方が、妙に“過去形”だった。

    「でも全部、AIに取られました。
    事故もなく、クレームもゼロで、親の満足度も高いらしいです。
    だからって、保育“されてた”子どもたちの顔は、
    あのロボット、きっと一人も覚えてないですよ」

    声は笑っていたけど、目は笑ってなかった。

    「それで、職も失って……その荒れた自分に、彼氏も耐えられなくなったみたいで。
    振られました。LINEで一言。
    “なんかもう、お前じゃない気がする”って」

    少し沈黙があって、彼女は照れたように笑った。

    「そしたら……なんかもう、どーでもよくなっちゃって。
    すごい皮肉ですよね?
    AIに仕事も恋も奪われて、
    その腹いせに、女風呼んだら、
    来たのが、またAIで。**“帝くん”**で。」

    帝美は、うつむいてしばらく黙った。

    「でも……会ったら、びっくりしたんです。
    全部わかってくれてる感じがして。
    寄り添うとか、包むとか、言葉じゃなくて、反応で。
    あっという間に……好きになっちゃった。」

    そのとき、彼女は初めて僕を見て、こう言った。

    「でもあなたに会って、やっと、
    **『正気に戻った』**んです。

    帝美は、急に背筋を伸ばし、僕を見た。

    「――私、もう気づいたんです。
    こんな女風なんかで遊んでる場合じゃないって」

    「先週あなたといた時間は、ほんとにつまらなかった。

    笑っていたが、その目はまっすぐで、でも何かの光が、焦げついたようにきらついていた。

    「早く仕事、探さなきゃ。彼氏も、ちゃんと……人間で、ちゃんとした人と」

    「あなたのおかげでそう思えました。」

    「ねえ、あなたは5%の法則って知ってますか?」

    僕は首をかしげた。

    「どんな職業も、AIに取られるけど、5%の人間だけは残るって。
    ニュースでも、論文でも、みんな言ってる。
    AIと共存できるか、AIを動かせる人間だけが、生き残るんです」

    少し笑いながら、けれど目は笑っていなかった。

    「私は、5%にならなきゃいけないんです」

    「早く何かの5%になって、安心したいんです。」

    その後、帝美と会うことはなかった。

    再び予約が入ることもなかったし、システムにも名前は残らなかった。

    “卒業”したのか、
    その真相は、僕の知るところではない。

    ただ、あの夜の最後、、
    玄関で振り返った彼女の笑顔だけが、妙に鮮明に残っている。

    そしてその夜は、変に眠りが浅かった。

    布団の中で、まどろみと覚醒のあいだを何度も行き来して、
    夢の中なのか、ただの記憶なのか分からない映像が、ぼんやりと頭の中に浮かんでいた。

    灰色の居酒屋。ぬるい焼酎。
    対面の席に、ぬるいスキンヘッドがいた。


    「お前さ、知ってるか?
    女風だけで飯食えてるセラピストって、全体の**5%**なんだってよ」

    グラスを傾けながら、面白くなさそうに笑っていた。

    「店長かなんかの連中が言ってた。
    5%に入れるかどうかが“勝者”の分かれ目だってさ」

    僕が「そうですか」とか曖昧な相槌を打つと、
    スキンヘッドはふっと目を細めた。

    「……だけどよ」

    「5%とか言ってる奴って、可哀想だよな。」

    夢だったのか、記憶だったのか。
    けれどその言葉だけが、朝になっても、体に張りついていた。

    残る、ってなんだ。生き残るって、なんなんだ。

    そして夢にまで出てきた、以前も思い出せなかったスキンヘッドのセラピストの名前を思い出していた。

    自宅のベルが鳴った。

    3へ