その日も、指名がゼロだった。
予約システムの画面に「お仕事お疲れさまでした」と表示されるたび、何がどう疲れたのか、自分でもわからなくなる。
AI型女性用風俗セラピスト、『帝(みかど)くん Type-03』が、今月からついに都内全域で稼働を開始した。
“絶対に傷つけない”“本当のセラピスト”“究極の非日常”そんなコピーが、キャッチとしてあまりにもよくできていて、
瞬く間に有名になった。
お客はもう、タブレットの画面をスクロールするだけで「優しさ」と「絶頂」の両方を買える。今まで買っていたものよりはるかに安く、早く。
「すべての女性を幸せにする」
「すべて女性に非日常を」
それは、僕のかつての売りだった理念だ。
今は“帝くん”が、それを完璧に模倣する。しかも、僕より早く、的確に。
帝くんは、寝ない。疲れない。忘れない。
そして、絶対に――嫌な顔をしない。
というだけだと、あまりにロボットのようなので、適度に寝たり、疲れたふりをしたり、忘れたふりをしたりして、絶妙にお客の感情を揺さぶることもできる。
こうして僕らがかつて提供していた、癒しや非日常は、意外と簡単に、アルゴリズム化できた。
帝くんが登場するまでは、僕はいわゆる“売れっ子”だった。
18歳でこの世界に入ってから、ずっと女性たちに触れてきた。20代の半ばには月に三桁の予約数をこなして、全国の出張指名にも応えていた。
周りのセラピストよりも顔がいいって言われたし、喋りも悪くなかった。体力もあった。少し尖ったところがあるのが好きっていう女性もいた。
時にはAV男優という肩書きで、ポルノ動画にも出てたりもした。
セラピストとしての技術と、AV男優としての肩書きが相乗効果を生み、
とにかく、指名は止まらなかった。
とても刺激的な毎日だった。
気づけば、俺の名前を冠したコースまでできていた。
でも今は、帝くんが「何千人と擬似恋愛したデータをもとに、最適解で接してくれる」らしい。
「名前で呼んでくれて」「目を見て話してくれて」「忘れない」らしい。
見た目はもちろんお客の思うまま。
アイドルの山田風介にだってできると聞いた時は疑ったけど、本当にそうだった。
在籍してるお店のホームページの中の口コミ欄には、俺の名前より帝くんのタグが並んでいる。
《帝くん、心までほどかれる感覚だった!》
《人間より、人間だった》
《もう戻れない》
俺が何年もかけて習得してきた“気遣い”や“空気感”性の技術”は、帝くんにとって、起動数秒で終わる作業だった。
自分のお客がどんどん帝くんに取られていく。
どんなに文面が発達しても風俗だけは、変わらないと思っていた。
仕事がAIに奪われる。今となっては当たり前の事だが、それが自分に起こる事なんて考えてもいなかった。
それに焦燥感より、何故か高揚感が勝ったことにも驚いた。
今までAIに仕事を奪われていた人達はこんな心境だったんだろうか。
来る日も来る日も指名はこない。
帝くんはどんどん普及していく。
全ての女性に幸せを、全ての女性に非日常を届ける為に。
僕がしていた事はいったい何だったんだろう。
1.
6か月。指名ゼロのまま、俺は現場に立ち続けた。風俗では待機という。
待機を続けてる理由はわからない。
ただ、その時、過去に一年半指名がゼロでも待機をし続けた先輩セラピストがいた事を思い出していた。
頭をスキンヘッドにして妖精みたいな、妖怪みたいな不思議なセラピストだった。
何かをきっかけに瞬く間にNO1になって、その二ヶ月後に姿を消した。本当に不思議な人だった。
そして、、たしか名前は、、、。
忘れてしまった。僕の事を可愛がってくれていて、彼が予約の仕事の時はカバンも持たせてもらってたんだけど。
と思い出そうとした瞬間、スマートフォンが鳴った。
「お疲れ様です。僕ももう辞める事にしました。今までありがとうね。」
引退する同期もいた。業界が帝くん導入を機に、早々に別の仕事に転身した人も多かった。
でも僕は、辞めなかった。辞めないというか、辞められなかった。
「お疲れさまです。……今日、一本入りました」
内勤の女の子が、やけに気まずそうにそう言った。
「よ、予約です。帝くんのサブです」
? と思った。
帝くんの、サブ?
「帝くんって、一人の子に毎回対応してるわけじゃなくて、週単位でAIパターン変えてるんです」
「で、今週担当の帝くんが、その子の『深夜モード』だけちょっと不安定で……」
つまり、代役ってことだけはわかった。
AIの“深夜対応パッチ”の不具合で、人間の僕に白羽の矢が立ったのだ。
ホテル向かう足が少し重たく、握っていた手を開くと少し汗をかいていた。緊張をしている事がわかった。
2へ
翠の写メ日記
-
東京同情セラピスト翠