恋愛時計
第19話 キス
「こんばんは、祥子さん」
10月上旬、2度目のデートを申し込んだ。会うのは4回目になる。
「ごめんなさい、次の演奏会でお会いするのを待ちきれなくてお誘いしました」
「そうなんですか!もうこっちでは会ってもらえないだろうなって思ってたから嬉しい驚きです」
(やっぱり奏の時よりも声が少し高くて饒舌な感じがするわ。これがセラピストの涅音なのね)
食事の後、海の音が聞こえる公園を散歩した。涅音は自然に腕を回して、指が腰に触れている。
(この指があの音を奏でているのね。私の腰にあの指が・・・)
祥子の神経はその一点に集中しているようだった。
「ちょっと座りましょうか」
「はい」
ベンチに腰かけると涅音は祥子の肩に手を回してグッと引き寄せ、左手の指は祥子の右手の指と絡ませた。
(え?え!近いよ、近すぎるよ)
心臓の鼓動が涅音にも伝わっている気がして恥ずかしくなった。それほどまでに大きく早く動いていた。近くで感じる涅音は今回もいい匂いがした。
「初めて演奏会に来てくれたときに思ったんですよ」
「何をですか?」
「綺麗な女性だなって」
「え?そんな。みんなに言ってるんでしょ?でも嬉しいです」
20代の頃にキャバクラで仕事してた頃には言われていたが、もう何年も言われなかった言葉。リップサービスだとしても素直に嬉しかった。
「そんなことないですよ、だってあの時はセラピストではなかったし」
よくわからない理屈だったが、彼の中では違うのかもしれない。吸い込まれるような素敵な目で見つめられて言われたら信じるしかなかった。
(ああ、キスして欲しい)
祥子は完全に涅音の世界に連れていかれ、目を閉じた。まるで催眠術か何かにかかっているかのように。
優しく涅音の唇が重なったと思ったらすぐに激しいキスに変わる。獣に襲われる小鹿のように祥子はなす術がなく全てを涅音に委ねた。
頭をホールドしてキスされ、涅音の唇は首筋から耳に移動してゆく。涅音の興奮した吐息が直接耳にかかると、祥子も強く抱き締めた。
(あの指で、あのギターを奏でる指で触れて欲しい・・・)
祥子は涅音の腕を掴むと自分の胸に導いた。
「あぁ・・・」
涅音の指が祥子の胸に触れたとき、思わず声が漏れた。
(もうどうなってもいい)
その時、涅音はふっと冷静になって言った。
「本当はデートでこんなことしちゃダメなんです。祥子さんが素敵だから・・・ごめんなさい」
「えっ!」
どうなってもいいと思っていた祥子は拍子抜けしたが、すぐに我に返った。
(これはデートコース、こんなことしちゃダメだったのね。本当はダメなことを私としちゃったの?私だけ?そんなはずない)
「ご、ごめんなさい、デートコースなのにこんなことさせちゃって、怒られませんか?」
「大丈夫です。祥子さんは大丈夫ですか?」
「私は・・・嬉しかった」
「良かった、僕も祥子さんとキスした時ドキドキしました」
(嘘よ、そんなリップサービスには騙されないんだから!)
「行きましょうか?」
「うん」
歩いている時、祥子は涅音の肩に頭を寄せ、キスする前よりも確実に二人の距離は近づいていた。
今、祥子は妻でも母親でもない、一人の女だった。罪悪感のようなものはリアルタイムの感情の中には見当たらず、自分の心と身体に正直になっていた。
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この物語は以前ポストした内容が元になっています。
結婚して家庭に入った時
無意識に止めてしまった
恋愛時計
再び動かしたのが
女風だとするなら
電池を入れ換えた
若いセラピストと
恋愛年齢は同世代
その時だけは
動き続けてる
時計を隠して
臆することなく
恋をしましょう
その時あなたは
自分が思うより
かわいいんです
気付いてますか?
弦之介の写メ日記
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恋愛時計 第19話「キス」弦之介