恋愛時計
第7話 初めての夜
和夫は三軒茶屋に住んでいた。食事のあと和夫の家で軽くお酒を飲んで終電間際に帰ることが何度かあった。
機会はあったのに和夫は祥子に手を出す素振りを見せたことがなかった。それどころか甘い雰囲気になることもなく、お互いの学生時代の話や音楽の話をしていた。
他のバンドマンと違うその誠実さが嬉しい反面、自分に魅力がないのか、本当に好きでいてくれてるのか不安が祥子の頭をかすめることもあった。
でもその夜は違った。
祥子はその日は帰らないと決めていた。和夫が大事にしてきた髪を切った夜に一人にしておきたくなかったのだ。それはすなわち男女の関係になることへの覚悟だった。
「髪の毛が短くなって寂しい?」
「寂しくはないんだけど違和感だらけだよ」
「へー寂しくないんだ」
「祥子がいてくれてるからかな!」
「ほんとー?」
「ほんとだよ」
「じゃー、朝まで一緒にいてあげよっかなー」
「え?」
「だって私がいなくなったら寂しくなるでしょ?」
「いや、そうだけど・・・いいの?」
「うん!」
「よーし、じゃあゆっくり飲もうか!」
その夜、二人は遅くまで飲み、その後「ゴースト」を観ていた。ドア越しにコインを動かすシーンが祥子の一番お気に入りだった。アンチェインドメロディーが流れそのシーンが映し出される。
甘い雰囲気にならない訳がなかった。
祥子は和夫の肩に頭を乗せて腕を軽く掴む。
和夫は少しの間反応しなかったが、意を決して祥子を優しく抱き寄せ顎を持ち上げて祥子の目を見つめた。祥子もそれに応えて見つめ返す。
「祥子の目、とても綺麗だよ。」
「ほんとに?」
髪を優しく撫でながら和夫は言った。
「うん。大好きだよ、祥子」
「私も・・・好き」
二人の目にはもう他の世界は見えなくなっていた。少しずつ距離が近づく。お互いの顔が見えなくなるほど近づいた時、祥子は目を閉じた。
そっと唇が触れ、離れてはまた触れる。
一度お互いの顔が見える距離まで離れてまた見つめ合う。そして次はもっと近づきたいというお互いの気持ちを確認した。
和夫がグッと祥子の顔を引き寄せた時、導火線に火が着き、二人は深くお互いの唇を求め合った。祥子も和夫も、心の奥にしまっていたお互いを欲する気持ちを解放した瞬間だった。
夢中でお互いを求め合い、祥子は処女を和夫に捧げた。
和夫の腕枕の中で祥子は呟いた。
「和夫さんとこんな風になるなんて思いもよらなかった」
「SHINのことが好きだったもんね」
「えっ!」
「大丈夫だよ。知ってたしこれから時間をかけてあいつのことを記憶から消していくから」
「和夫さん・・・」
「なんかさー、さん付けやめない?まだ遠くにいる感じがするよ」
「うーん、そう?じゃ、何て呼ぼうかな」
「かずでいいんじゃない?」
「かずかー。うん、わかった、かず!」
「何か嬉しいんだけど!」
「ふふっ、かず、かわいいね」
「ずーっとカッコいいって言われたかったけど、祥子にかわいいって言われるの、案外幸せかも」
「じゃ、いっぱい言ってあげる!かわいい、かわいい、かわいい」
「ははは、ありがとう、祥子」
祥子と和夫が誓いを立ててから2ヶ月後、二人は男と女の関係になった。
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この物語は以前ポストした内容が元になっています。
結婚して家庭に入った時
無意識に止めてしまった
恋愛時計
再び動かしたのが
女風だとするなら
電池を入れ換えた
若いセラピストと
恋愛年齢は同世代
その時だけは
動き続けてる
時計を隠して
臆することなく
恋をしましょう
その時あなたは
自分が思うより
かわいいんです
気付いてますか?
弦之介の写メ日記
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恋愛時計 第7話「初めての夜」弦之介