明日も仕事だ、さっさと寝よう。
ネカフェか、カプセルホテルか。つい先日30になったばかりの自分の身体を抱きしめ、ビジネスホテルを探すことにした。
そんなときだった。
「あれ? 山本さーん?」
聞き慣れた声がして頭をあげる。
そこにいたのは、真っ赤な顔の佐々木課長だった。
「終電で帰ったんじゃなかったの? あー……相引き」
あまりにもうれしくない偶然にただ黙ることしかできない私に、課長は一方的に話しかけてくる。
「やるじゃーーん! で相手は?」
あげく、またここで飲み会の続きを始めるつもりなのか。
数時間前までと同じ調子で絡んでくる課長に怒鳴る気力など私にはもうなかった。
「なんにも、ないですよ」
やっとの思いで声を出した。
さっきまでの後悔、これからの不安、そこにタチの悪い酔っ払いが加わればもう限界だ。
そのまま長いため息を吐くと、さすがの課長も黙ってしまった。
どうすんだよこの空気。
もう一度短いため息をついてから顔を上げた。
すると、さっきまでの全てが三文芝居だったのかと思わされるほどに、真剣な表情の課長が私を見ていた。
「山本さん、ときどきそうやって笑うよね」
街灯に照らされ、メリハリのある顔立ちに影が立つ。
たしかに自嘲気味に笑うのは、私の癖だった。
「なにか悩んでる? 話してみ?」
しゃがみ込んで、視線を合わせてくる。
私の心の扉に手をかけてくる感覚があった。
そして。
「……山本さん!? どうした?」
気づいたら私は泣いていた。
なぜ目の前にいるのが彼じゃないのだろう。
「課長じゃなくて、永瀬君が、よかった」
うめくようにそう漏らした。まるで子供のようなわがままだったが、わかっていても涙は止まってくれなかった。
しかし課長はそんな失礼な言葉にもまったく動揺を見せず、それどころかまるで幼い頃に見た父親のような柔らかい笑みを浮かべた。
「わかった」
「え?」
「俺に任せてよ」
「でも、どうやって」
「こうする」
素早くスマホを取り出して、発信する。
「おい永瀬、仕事入ったぞ。あ? 仕事は仕事だ。足代なら出す。領収書切っとけ。来なかったらこの前の約束ナシだからな!」
やはり今晩の課長はとんでもない酔っ払いだ。
だが、かろうじてまだ頼りになる上司でもあるのだった。
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瀬戸口めぐるの写メ日記
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同僚以上、主従未満 第1話 -2/11-瀬戸口めぐる