夜中の24時に駅の改札を駆け抜ける。
雑踏を追い越し、カツカツと一段ずつ階段を降りる。
ヒールで床を叩きながらホームに降り立つ自分は、さながらスーツ姿のシンデレラだ。
(……別に魔法なんて、何もかかってないけどね。)
自嘲気味に笑ったそのとき、目の前で馬車の扉が閉まった。
私はなにをしているんだろう。
すぐに他の帰路を調べたが、どれも到着予定時刻は5時過ぎだった。
駅前のベンチに座る。
破れた風船のようにため息が出た。
コロナ明けだから、と普段なら断る会社の飲み会に顔を出したのがそもそもの間違いだった。
しかし唯一の同期である永瀬君からのお誘いとあれば断れるはずもなかった。久々に同期2人でゆっくり話したい気持ちもあった。
結局、私が彼と話す時間などなかった。
代わりに横についたのは少しばかり歳の離れた佐々木課長だった。
普段は玉木宏に似た甘いタレ目を、見る影もないほど垂らした佐々木課長。彼はどうやら飲み会ではなくキャバクラかなにかに来たつもりらしかった。
せっかく良い具合に歳を重ねた色気のある顔立ちしているのに、彼の持ち出す話題といえばほとんどは昔話と、私のプライベートについてばかりだ。
せめて黙ってさえいてくれればカッコいいのに。
返答に困った私が曖昧な返事をするたびお酒くさい顔を近づけてきて「え〜?」とだけ言ってくる。
これでも彼は仕事に集中しているときだけは真面目なのだ。そんな課長を上司として一応は尊敬しているだけに、辛い。
「で、山本さん最後したのいつ?」
目の前のニヤけ面を全力で引っぱたく、自分の姿を想像して耐えた。仕事にのめり込んでいつのまにか年だけが増えた気でいたが、私も知らず知らず大人になっていたらしい。
今思えば永瀬君も直属の上司である課長に言われるがまま私を誘ったのだろう。ああ、腹立たしい。
何より、課長に下心を見抜かれたような気がして嫌だった。
気づけば私は、夜風に吹かれながらその場で頭を抱えていた。
アルコールのせいか自己嫌悪が止まらなくなる。
そもそも終電を逃すなんていつぶりだろう。
そう考えて、すぐにあの頃を思い出せる自分にまた嫌気がさした。
学生時代、アルバイト帰り、終電を逃した日。
駅前で立ち尽くしていると、同じバイト先から帰路についた彼と偶然出くわした。
彼、篠崎拓海とは別に仲が良かったわけではない。むしろ苦手な部類だと思っていた。話してみれば、なぜか自然と会話がはずんだ。
だからそのまま朝まで一緒に過ごした。
帰り際に、「付き合おうよ」と彼が言った。
拓海とは一年で別れた。思えば喧嘩ばかりしていた気がする。それでも一年続いたのは、言ってしまえば身体の相性だった。
「泣いてる愛ちゃん、かわいい」
喧嘩の最中だ。いつも1番触って欲しくないときに限って彼は私を求めてきた。そのたびに私はありったけの憎悪を口にしながら、気づけば心を許していた。身体の芯が熱くなり、愛液が溢れては下着を汚していく。その感覚に夢中になって、他のことが考えられなくなる。
私の泣き顔を見て笑う拓海の顔が、だんだん永瀬君の顔に変わっていく。
子犬のような無害そうな笑顔が近づいてきて、頬を伝う涙を舐める。山本さんって、もっと真面目な人かと思ってました。そっと耳元で囁き、スカートの中へ筋肉質の太ももを押し当てながら、ゆっくりと唇が近づいてきて……
ぶるっと身震いをして、現実に戻る。
こんなときにまで妄想の中で会社の同僚に身体を許そうとしていた自分に呆れた。
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瀬戸口めぐるの写メ日記
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同僚以上、主従未満 第1話 -1/11-瀬戸口めぐる