あれは、まだランドセルがやたら大きく感じていた頃の夏だった。
じっとしていられない性分だったわたしは、昼ごはんもそこそこに、近所の神社の裏の小さな用水路へと駆け出した。
目的は——そう、ザリガニ釣り。だけどその日はちょっと特別だったんです。
なぜなら、餌が“よっちゃんイカ”だったから。
なんでかって?冷蔵庫を開けたら、肝心のソーセージもスルメも見当たらなくてさ。
しょんぼりしてたら、机の引き出しから、しわっしわになった駄菓子の袋が出てきたの。
よっちゃんイカ。赤くて、ちょっと酸っぱいあのやつ。
おやつのつもりで取っておいたんだけど、「これ、イケるんじゃない?」ってひらめいて、割りばしとタコ糸を持って飛び出した。
用水路のあの独特の匂い、ぬるっとした藻の感触、太陽の反射でちかちかする水面——全部がいとしくて、なんだか胸がざわざわしてた。
そして、よっちゃんイカをちぎって糸に結び、水の中へそっと沈める。
赤いのが水に揺れて、思ったよりおいしそうに見えるから不思議。
きっとザリガニも「なにこれ?」って思ってたと思う。
最初は全然こなかったんだけど、しばらくじっと待ってたら、にゅっと影が動いた。
来た!と思って心臓がドクンって跳ねて、でも動いちゃダメって自分に言い聞かせて、糸をそーっと持ち上げる。そのザリガニ、わりと本気でよっちゃんイカに食いついててさ。
結果、わたしの人生初の“よっちゃんイカザリガニ”が、虫かごの中にカサカサと収まった。
そのとき気づいたんです。ネットの情報も、人から聞いた話も、ソーセージみたいに定番でちゃんとしてて、それはそれで安心できる。
でも、たまたま家にあったよっちゃんイカで釣れちゃうみたいな、偶然と好奇心の産物には、なんとも言えないワクワクがある。
見た目はちょっと頼りなくて、すっぱいし、手も汚れるけど——
あの日のザリガニは、今でもわたしの中で、どんな検索ワードよりも強烈に残ってる。