巨大な壁の向こうには、<br />
何があるんだろう。<br />
考えるだけ、無駄なのか──
当時の僕は、都会の中心で働いていた。<br />
始発電車が通るホームを横目に、<br />
旅行者のような大きな荷物を背負って。<br />
カバンの中は、書類とPCでパンパンだった。
でも、僕には“地下の秘密基地”があった。<br />
自分が管理する物件の地下室に作った、<br />
誰にも干渉されない、僕だけの空間。
そこは、静かで快適だった。<br />
仕事はすべて自分で組み立てて動かしていた。<br />
チームがやるような規模のプロジェクトも、<br />
一人で完結させるような日々。<br />
効率化と改善が好きだったから、<br />
やり方を変えては業務を楽にしていった。
たまに応援に来てくれる<br />
かわいい部下の女の子と、<br />
ふたりでコンビニのカフェラテを片手に、<br />
小さなテーブルを囲んで雑談する。<br />
そんな時間が、ちょっとした癒しだった。
誰にも迷惑をかけず、成果も出していた。<br />
けれど──<br />
その「自由な働き方」は、<br />
上の人たちの“正しさ”には、そぐわなかったらしい。
突然、秘密基地は禁止された。<br />
無意味な報告業務と、<br />
顔色をうかがうだけの朝礼が始まった。<br />
「これが社会ってもんだよ」<br />
同僚は笑って言ったけれど、<br />
僕は笑えなかった。
閉ざされた地下室で、<br />
僕は荷物の整理をしていた。<br />
ロッカーを開けると、<br />
今までに見たことのない鍵が出てきた。
そのとき、どこからか声がした。
──むかし、自由を求めて壁を越えた戦士がいる<br />
彼らのことを“進撃の──”
声は途中で途切れた。<br />
僕はその鍵をポケットにしまい、<br />
“太陽を背に”、秘密基地を後にした。
壁の向こうに行くには、<br />
巨大な敵を倒し、あの海を越えなければならない。<br />
いまの僕では、まだ足りない。
ふと思い出した。<br />
母から昔、こんなことを言われたことがある。<br />
「お前の顔は、<br />
一族でいちばん自由を求めたあの人に似ている」
家にあった、鍵のかかった古い机。<br />
もしかして──<br />
あの鍵で開くかもしれない。
カチリ。
開いた引き出しの中には、<br />
僕が子どもの頃に描いた漫画が入っていた。<br />
空を自由に飛ぶ、主人公の姿。
その瞬間、僕の身体に<br />
空間を駆ける装置と、大剣が現れた。
壁の向こうには、巨大な“あれ”がいる。<br />
その額に剣を突き刺さない限り、前には進めない。
空を駆け上がる。<br />
太陽を背に、<br />
その巨大な手が襲いかかる。
避けきれない。<br />
一度は弾き飛ばされたけど、<br />
もう一度、陽光を味方に跳ぶ。
その目が、まぶしさに眩んだ一瞬、<br />
僕は全力で眉間へ突き刺した。
巨人は崩れ落ちた。
その奥には、<br />
見たことのない海が広がっていた。
あのとき僕が掴んだのは、<br />
剣なんかじゃなかった。<br />
ずっと手放したと思っていた「自由」そのものだった。
いま僕は、<br />
その海を越え、自由を求めて進む仲間たちと、<br />
太陽を胸に抱いて進んでいる。
あの日のように、空を見上げながら──
進撃は、続いている。
龍生の写メ日記
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秘密基地と鍵と、進撃の戦士龍生