また気づくと、見知らぬ場所にいた。<br />
最近──<br />
意識がふっと抜けて、<br />
いつの間にか、どこかに立っていることがある。
仕事は順調だった。<br />
会社を変え、プロジェクトのリーダーを任された。<br />
構造も契約も、仕組みも人も、<br />
すべてを掌握していた。<br />
「いつでも、なんでもやります」<br />
そう言って、飲み会でも上司のご機嫌をとっていた。<br />
休みなんてなかった。<br />
でも、そういうものだと思っていた。
ある日、<br />
髪を束ねた姿が知的で、<br />
笑うと目元がふわりとほどける<br />
綺麗な新入社員がやってきた。
彼女と一緒に現場をまわり、契約に必要な資料を作り、<br />
帰りにごはんを食べるようになった。
一人で走ってきた僕の毎日が、<br />
少しずつ、彩りを帯びていった。
そしてあの日──<br />
新規契約に向けた調査で、<br />
内装がすべて剥がされ、廃墟のようになったビルへ向かった。
僕は1階、彼女は6階から建物全体の状況を確認していた。
突如、頭上から照明が落ちてきて、<br />
視界が白く弾けた。
──次の瞬間、僕は6階にいた。<br />
彼女の目の前に立っていた。
「……え? 1階にいたんじゃないんですか?」
どうやら僕は、<br />
命の危機と“何かの衝撃”を同時に感じると、<br />
場所を瞬時に移動できるらしい。
その確信が残るまま、数日後──<br />
会社から辞令が届いた。<br />
彼女との同行は終わり、<br />
役職もすべて外され、<br />
別の地域への異動が決まった。
上司には笑って伝えた。<br />
「大丈夫です。もっと頑張ります」
あの日以来、<br />
心のどこかが、抜け落ちたままだった。
深夜、<br />
あのビルから呼び出しがかかる。<br />
機械トラブルらしい。
僕は地下へ向かい、<br />
原因箇所と思われるマンホールの中へ──
──その蓋が、何者かの手によって<br />
“重く、確かに”閉められた。
真っ暗な空間。<br />
薄れていく酸素。<br />
誰にも届かない声。<br />
天井に伸ばした手。
僕は思い出していた。<br />
あのとき、僕を救った“二つの条件”。
生命の危機、<br />
そしてスピードを持って迫る何か──
その時、かすかに聴こえてきた。<br />
水が流れる音。
このビルの地下には、<br />
巨大な水槽がある──そんな話を思い出した。
僕は壁伝いに水音のほうへ進み、<br />
視界の先に、青く湿った鉄の塊が現れる。
両手で足場を探り、<br />
滑りそうな管を頼りに、<br />
必死にその縁までよじ登った。
10メートル以上はあったかもしれない。
僕は立った。<br />
足が震えていた。<br />
でも、やるしかなかった。
──飛んだ。
次の瞬間、<br />
土砂降りの雨の中、僕は外にいた。
息ができた。<br />
自由の空気が、肺を満たした。
3日後、<br />
新しい職場の上司に頭を下げた。
「これから、よろしくお願いします。<br />
──3か月後に辞めますが。」
今、僕は<br />
“自由”という空の下を歩いている。
瞬間移動は、もう使えない。<br />
でも、わかってるんだ。
あの闇の中で、<br />
僕はようやく知った。
明日が見えない夜ほど、<br />
人は静かに立ち止まってしまう。
でも、<br />
あの一歩がなければ、<br />
僕はまだ、あの暗闇にいたままだった。
──夢は、<br />
勇気より少し先にある。
龍生の写メ日記
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瞬間移動と廃墟と、自由の下で龍生