かつて僕は、親会社のプロジェクトリーダーだった。<br />
50人のサプライヤーをまとめて、<br />
毎日が誇りとやりがいに満ちていた。
「このまま課長かもな」<br />
そんな期待すら、浮かんでいた。
──でもある日、僕は“戻された”。<br />
子会社へ、作業員として。<br />
その席にはもう役職なんてなく、<br />
ただの“歯車”が、待っていた。
それでも逆らえなかった。<br />
会社に人生を預けていた僕は、<br />
命じられるまま、田舎の宇宙工場へ通った。
巨大な工場には、似つかわしくない<br />
可愛らしい女性がいた。<br />
彼女は作業員だったが、<br />
笑顔で力仕事をこなしていた。
彼女は、いつも僕にコーヒーを淹れてくれた。<br />
普通の砂糖じゃない、<br />
少し贅沢な“ブラウンシュガー”とともに。
僕はそのシュガーを、こっそりポケットに入れた。<br />
その甘さが、工場の中で唯一の“音楽”だった。
ある日、工場は不気味な静寂に包まれていた。<br />
埃も、光も届かないクリーンルームで、<br />
作業員たちが、血まみれで倒れていた。
そこには牙を生やした“バンパイア”がいた。<br />
彼女もまた、血を吸われて<br />
“あちら側”に堕ちかけていた。
バンパイアは僕を見つけ、襲いかかってくる。<br />
僕はとっさに巨大なファンを回した。<br />
やつは粉々に砕けた。<br />
けれど──再生した。
再び襲いくる怪物。<br />
僕は逃げながら、ポケットの中を握った。<br />
そこに、あの“ブラウンシュガー”があった。
最後の賭けだった。<br />
再生する細胞に、砂糖を混ぜる。<br />
やつの身体は狂い、崩れ始めた。
僕は斧で天井を砕き、<br />
太陽の光を呼び込んだ。<br />
バンパイアの身体は、焼けて消えた。
彼女は、まだ完全には堕ちていなかった。<br />
「コールドスリープで宇宙に送り出して」<br />
そう願う彼女を、僕は薔薇とともに<br />
カプセルにそっと納めた。
最後にキスをして、<br />
僕は彼女を、永遠の旅路に送り出した。
次の日、会社に向かう途中で<br />
僕はふと、空ではなく──<br />
“宇宙(そら)”を見上げていた。
小学生の頃に聞いた言葉を思い出す。<br />
「水たまりは宇宙にはなれないけど、<br />
宇宙を写すことはできる」
僕はもう、“泡”のように消える人生ではなく、<br />
宇宙を映す旅を選んだ。
それは、永遠じゃない。<br />
けれど確かに、僕だけの光だった。
龍生の写メ日記
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水溜まりと薔薇と、ブラウンシュガー龍生