今日も地下の臭気が漂うバックヤードで、<br />
僕は黙々と汚れ仕事をしていた。<br />
冷凍庫の中で震えながら長時間の作業、<br />
天井裏を這いずるように進むホコリまみれの通路。
寝る場所は、ボイラーの爆音が鳴り響く、<br />
高温多湿の地獄のような部屋だった。
それでも地上では、<br />
キラキラした制服のスタッフたちが<br />
笑顔で“フロント”を飾っていた。
うらやましいと思った。<br />
同時に、あそこに行ける気がしなかった。
学生時代、クラスではそこそこ成績も良かった。<br />
けれど、進む道をほんの少し間違えただけで、<br />
僕はこの底に落ちた。
この建物は、ピラミッドだった。<br />
上層の光のために、下層が犠牲になる構造。<br />
それが現実だった。
ある日、疲れた身体を引きずって<br />
気晴らしに街へ出た。
小さなライブハウス。<br />
隣に座った女性に、なぜか声をかけた。<br />
明らかにお嬢様タイプ。<br />
無視されるかと思ったけれど──<br />
彼女は、優しく微笑んでくれた。
それから何度か、一緒に過ごした。
「どうして僕なんかと?」と聞いたら、<br />
彼女は言った。
「あなたが放つズレが、私には音楽みたいに響くの」
その言葉で気づいた。<br />
僕は枠にはまらない個性を、<br />
無理やり社会という型に押し込もうとしていたんだと。
僕の劣等感の正体は、<br />
他者との比較だった。<br />
毎日、光をまとった“誰か”を見上げては、<br />
汚れた自分を否定し続けた経験。<br />
それが、僕を内側から錆びつかせていた。
ふと気づくと、僕は地下室にいた。<br />
空間が一瞬ゆがんだ感覚。
背後には──<br />
目と耳を塞がれた、僕にそっくりなサイボーグが立っていた。<br />
感情を失った“無音の瞳”が、こちらを静かに射抜いていた。
奴は襲いかかってくる。<br />
尋常じゃないスピードとパワー。<br />
太刀打ちなどできない。<br />
僕は逃げるしかなかった。
そのとき、積み上げられた鉄柱のひとつが床に落ちた。<br />
地下室に反響音が鳴り響く。
サイボーグの動きが乱れた。<br />
目も耳も塞がれた奴にとって、音は唯一のセンサー。<br />
反響音が、やつの感覚を狂わせた。
僕は鉄柱を次々と床に叩きつけた。<br />
金属音が反響し続ける。
奴は僕の位置を見失い、<br />
混乱の中を彷徨っていた。
僕は背後に回り、<br />
鉄パイプを握った。
「チェックメイト」
そう呟いて、こめかみに一撃を食らわせた。<br />
──奴は、動かなくなった。
次の日、<br />
僕は会社とは“逆方向”に歩いていた。
ピラミッドを背に、<br />
自分の足で、<br />
自分の道を歩き始めた。
僕の中で、反響し続ける言葉があった。<br />
「あなたが放つズレが、私には音楽みたいに響くの」
他者の光じゃない。<br />
自分の個性が、自分を救った。
汚れの中でくすぶっていた“音楽”が、<br />
ようやく僕の中で、鳴り始めた。
龍生の写メ日記
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ピラミッドと地下室と、無音の瞳龍生