破れた地図の端っこで<br />
道を見失っていた頃、<br />
僕は休みもなく時間を売っていた。
土日、<br />
ビルのフロアにワックスをかけ、<br />
無言の床に反射する自分と目が合った。
そんな毎日だった。<br />
いつも同じ匂い、同じ動き。<br />
でも、<br />
そこにひとつだけ違う風が吹いていた。
同じくらいの歳の<br />
かわいらしい女性。<br />
いつも黙々と作業していたけど、<br />
僕はある日、昼食に誘ってみた。
まさか、来るなんて思わなかった。<br />
でも、彼女は「ぜひ」と笑ってくれた。
それから、<br />
昼休みの時間が少しだけあたたかくなった。<br />
外で会って、<br />
おしゃれなレストランに行くこともあった。<br />
清掃バイトの合間の、<br />
小さな“旅”のような時間。
でもある日、ふと疑問が湧いた。
自分の時間を、<br />
ほんの少しの「安心」と引き換えにしていいのか、<br />
そんな疑問が胸に残った。
もっと、自分の時間を<br />
自由に使っていいんじゃないか?
そう思って、<br />
僕はバイトを辞めることを決めた。
最後の日、<br />
彼女を都内のレストランに誘った。
僕が辞めると告げると、<br />
彼女はポケットからチョコレートを取り出した。<br />
まるで、全部を知っていたみたいに。
夜は深まり、少し飲みすぎて<br />
駅までの道を彼女が支えてくれた。
改札の前で、<br />
僕たちは立ち止まった。
時間がふっと止まったようだった。<br />
そして、キスをした。
彼女の表情に浮かんだ<br />
嬉しさと、少しの悲しさ。<br />
たぶん、僕も同じ顔をしていたんだろう。
「またね」<br />
その言葉を残して、<br />
僕たちは別々の電車に乗った。
破れた地図でも、<br />
歩き出せば、足元に道が生まれる。<br />
その先に、いつか光が射すと信じた。
龍生の写メ日記
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ワックスとチョコレートと、破れた地図の端っこ龍生