あの頃、<br />
仲間たちと笑いあった日々の隅で、<br />
いつも少しだけ、距離を置いていた彼女。<br />
<br />
帽子がよく似合って、<br />
小柄な身体に、<br />
透けるような茶色の瞳。<br />
<br />
おとなしくて、<br />
けれどその瞳の奥には、<br />
誰も読めない深さがあった。<br />
<br />
気づけば会わなくなっていた。<br />
同じ場所で、違う方向を向くようになっていたから。<br />
<br />
それでも──<br />
季節が何度もめぐったある日、<br />
「久しぶりに遊ばない?」と、あの子から届いた一通のメッセージ。<br />
<br />
鼓動が跳ねた。<br />
予想もしてなかった名前が、画面に光っていた。<br />
<br />
会ってみると、<br />
彼女は変わらず彼女のままで、<br />
でも、大人びた雰囲気と洗練された仕草が<br />
無意識に僕の目を惹きつけていた。<br />
<br />
視線の隙間に、ふと香る色気。<br />
言葉の合間に滲む柔らかさ。<br />
指先の動きが、グラスの縁をなぞるたび、<br />
どこかくすぐられるような感覚があった。<br />
<br />
洒落た街のカフェで話すうち、<br />
彼女が今、経営者としていくつもの事業を手がけていることを知った。<br />
<br />
僕はまだ、会社という檻の中。<br />
その差は、想像以上に遠かった。<br />
<br />
でも、不思議と悔しさはなかった。<br />
<br />
夜になって入ったレストランで、<br />
彼女はワインを、僕は少し甘めのカクテルを頼んだ。<br />
<br />
グラス越しに見つめられたとき、<br />
ふと、肌の内側が熱を帯びた気がした。<br />
<br />
そのお酒は、<br />
子どもの頃にはわからなかった自由の味がした。<br />
ほんのりと、苦くて甘い、<br />
大人の夢みたいな味。<br />
<br />
彼女は、軽やかに笑っていた。<br />
決して誰かと比べず、<br />
自分の“好き”を信じて選び続けた人の笑顔だった。<br />
<br />
あの夜──<br />
僕の心に、<br />
誰にも気づかれず灯った火がある。<br />
<br />
「自分のまま、生きていいんだ」<br />
そう思わせてくれた彼女は、<br />
もしかしたら、<br />
夜に舞い降りた、帽子をかぶった自由の精だったのかもしれない。<br />
<br />
ほんのり甘く、でも確かに苦い——<br />
そんな砂糖のような記憶を、僕に残して。
龍生の写メ日記
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帽子と茶色と、苦い砂糖龍生