痛い人(2021年06月10日)水沢 恭輔(FIRST CLASS)|写メ日記

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水沢 恭輔@写メ日記

水沢 恭輔

水沢 恭輔  (31)

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  • 初の試みかも
    水沢 恭輔


    ・ツイキャス
    ・本日21時30分より
    ・エクスタシー東京の哀田剛さんとのコラボ



    本日は水沢恭輔にとって初めての「動画配信」になるかもしれません。




    動く水沢恭輔になるかもしれませんので、ぜひ見て頂けましたら嬉しいです。




    応援よろしくお願いいたします。

  • 男と女の境界線
    水沢 恭輔


    人と人との間には、見えない境界線がある。それを感じている方も多いのではないだろうか。




    家で例えるならば、土地と土地の境界、塀や門のことだ。




    あまりにも塀が高すぎたら、相手と心を通わすことは難しい。




    あまりにも塀が低すぎたら、外から様々なものが簡単に流れ込んできてしまう。




    適切な塀が、自分の家も守るし、相手の家も守る。





    人も同じだろう。




    適度な境界線があるから、自立した自分と、自立した相手とが、依存的な関係性ではなく、お互いに心地よい2人でいられる。





    境界線を意識すれば、幸せな2人を持続できる。





  • 執着
    水沢 恭輔


    執着心があると、執着対象がなんであれ、自分が辛くなる。



    執着心が、心を蝕み、日常生活すら困難にしてしまうこともある。




    執着心は、子供の頃の傷に関係していることがある。幼少期の痛みや悲しみが大きいと、それをかばうかのように、誰かの存在を強く必要とするからだ。




    子供の頃の傷を見つめることに意味がある。それが心地よい人間関係の秘訣であるとも言える。




    執着心から解放されると、自分も相手も楽だ。




    自由さの中に、大きな幸せがある。

  • うっせぇわ
    水沢 恭輔

    18歳の女性シンガーAdoの歌「うっせぇわ」の歌詞より。


    ____________

    うっせぇ うっせぇ うっせぇわ

    あなたが思うより健康です

    一切合切凡庸な

    あなたじゃ分からないかもね

    嗚呼つまらねぇ

    何回聞かせるんだそのメモリー

    うっせぇうっせぇうっせぇわ

    アタシも大概だけど

    どうだっていいぜ

    問題はナシ

    ____________




    いくら他者に関わって、他者を変えようとしても、ほぼ徒労に終わる。




    なぜならば、絶対に人を変えることはできないから。






    人を変えようとするエネルギーや、人を悪く言う時間があるならば、自分自身の人生をより良くすることに使った方が何倍も意味がある。





    人の批判をする暇があるならば、家の掃除をした方が有益だ。






    ただし、相手が変わることもある。






    その相手が、自ら本気で変わろうとしている時だ。そう思っている人には、こちらからの声が心に届く。




    そうではない限り、他者を変えようとしても無駄だ。それならば、自分を変えよう。






    自分がお願いしてもいないのに、変えようとしてくる相手は、





    うっせぇわ




    と言おう。






    自ら変わろうとしている人には、温かなアドバイスをしよう。









  • 決して戻れない
    水沢 恭輔


    人生は前にしか進めない。時間は後戻りできない。





    どんなにお金持ちの人でも、どんなに幸運な人でも、時間だけは絶対に買えない。人生の毎日の尊い日々だけは、誰もが平等。






    決して戻れない日々。お金には買えられない貴重な今日。





    一歩一歩、コツコツと、理想の未来に繋がる時間を過ごそう。





    未来は手で触らないけれど、たった今の生き方が、確実に未来へ通じているから。






    人生はきっと戻れないからいいのだろう。




    戻れないからこそ、これほどまでに貴重な時間において、厳選した生き方を選びたくなるのだ。






    より輝く自分に会うために。






  • 男に打ち込むな
    水沢 恭輔


    一生懸命な姿は美しい。女性が何かに打ち込む姿は、その対象がなんであれ、とても輝いている。




    しかし、その女性の一生懸命さは、男には使わない方がいい。




    自分の特技、趣味、やりたいこと、夢見ていることに使った方がいい。




    男に一生懸命になるのは、一歩間違えれば、依存や執着になってしまう。




    依存や執着にどれほど頑張っても、手に入れる結果はほとんどない。




    依存や執着は、むしろ悩みや苦しみを増やす。




    男に依存したり執着するエネルギーがあるならば、自分のやりたいことに精一杯になった方が、どれほど自分のためだろう。




    男に打ち込むのは、誰のためにもならない。




    自分に打ち込む女性は、何とも比べられないほど輝いている。



  • 期待と裏切り
    水沢 恭輔



    期待が多くなればなるほど、相手は心地の良くないプレッシャーを感じるものだ。




    自分が、誰かに期待されたことを考えてみるとよく分かる。





    相手から多くのことを期待されたい人は、それほどいないのではないだろうか。




    期待されるよりも、楽にリラックスして関わり合えることの方が心地よくて幸せだ。






    自分が勝手に期待して、勝手に裏切られたと思って、勝手に悲しむのは、自分が可哀想だ。





    期待しなければ、裏切りもない。





    期待しないのは、相手への信頼なのだ。






  • 痛い人
    水沢 恭輔

    今年ももう半年になる。時間のスピードに驚かされる。




    年齢が上がれば上がるほど、速さが加速していくことを実感している人も多いのではないだろうか。




    ということは、誰もが、生きれば生きるほど、もっと時間は速くなり、それほど有限な時間の価値が尊いということになる。





    それほどまでに貴重な時間を、無駄なことに費やす暇はない。





    無駄なこととは、行動しても無益なことだ。そういうことが世の中にはたくさんある。





    そして、自分の心にだけは人は嘘をつけない。自分のことを騙すことはできない。




    自分に嘘をつき続けると、自分にブレーキがかかるような嫌な現実が必ず引き起こされるものだ。






    痛い人にならないことだ。





    その痛い人とは、人から見て痛いかどうかよりも。





    自分の心に正直になって、自分が痛いと思っていることを勇気を出して止めることなのだ。






    自分の行動が痛いかどうか、自分だけは知っている。
    自分のことだけは騙せない。


  • いい男
    水沢 恭輔


    昨日いい女について書いたので、今日はいい男について。



    「いい(良い)」という感覚は、人によって何を良いとするのかは様々でありバラバラだ。



    例えば、いい男を高身長や筋肉質の体型だと思う人もいれば、優しさや誠実さと言う人もいる。



    その反対に、冷たそうな男や、怖い雰囲気を醸し出す人がいいとする女性もいるだろう。




    ありがたいことに、水沢恭輔を指名してくださるお客様から、かっこいいとか、惹かれるとか言っていただく機会が多い。




    しかし僕自身は、自分のことをそう思っていないところもある。




    なぜならば、上に書いたように「いい男」とは価値観はバラバラだから、その人の見方が変わったり時代が変わったり容姿についての流行が変われば、どうにでも変わってしまうものだからだ。





    万人受けするいい男・いい女はそれほど重要ではない。





    自分の思われたい相手から、たった1人「いい男・いい女」と言われるならば、それが最大の幸福なのだ。





    たとえ1,000人からいい男と言われても、言われたい人にそう思ってもらえなければ、いい男という言葉は無意味だ。





    女性だってそうだろう。いい女と999人の男に言われるよりも、言われたい男性1人からの一言のほうが、よほど価値のあるいい女という言葉だろう。




    だから、僕は自分のことは、いい男だと思わずにいたい。




    言われたい女性からいい男と言ってもらえるように、自分を磨き続けたい。











    水沢恭輔がいい男と言われたい女性とは、ここを今読んでくれているあなたのこと。








    世の中全員からダメだと批判されても、言われたい一人にいい男と言われたら、プライスレスな価値がある。
    自分を分かってくれる人の存在は、決して多くなくていい。

  • アマギフといい女
    水沢 恭輔


    ここのところ思ったことを。





    アマギフといい女はよく似ている気がする。






    アマギフはカードだけれどもその本質はカードという物体にはなく、他の物に交換できる価値があるところだ。


     


    お金もそうだが、お金の紙やコインが本質ではなく、価値交換できるところに本質的な存在価値がある。





    アマギフは、本にもなればアイスにもお菓子にも、カバンにも靴にもなり得る可能性を持つ。





    いい女とは、アマギフのカードのように、見た目はたとえ一つに見えたとしても(アマギフで言えばカードに見えても)中身は七変化し得る可能性を持つ女性を言うのではないか。





    つまりいい女とは、多面性がある女性を言うのだと思っている。





    外から見ただけでは、どんな変化を見せてくれるのか分からない。





    外から見るとそうは見えないけれど、クルクルと表情や笑顔や感情を変える美しさがある女性。






    女性とは、誰もが外からだけでは分かりにくい、そんな神秘的な内面を持っている存在なのではないかな。







    だから何かができるとか、何かをしてくれるとか、それがいい女なのではなく、女性の存在のことを指すのだろうと。






    男は言葉が下手だから、なかなか女性に伝わりにくいかもしれないけれど、ほとんどの男は言葉足らずなだけでそんな女性を(言わないかもしれないけれど心の中で)深く尊敬しています。






    これからも、あなたの多様な一面をぜひ僕に見せてください。喜怒哀楽、あなたのどれも尊くて美しいからです。