集合場所は私の最寄駅から数駅離れたコメダ珈琲だった。
お互い偶然にも同じ市内だったのだが、流石に周辺には私の知り合いも多く、人目が気になるため彼も了承の上でそこになった。
当日の朝、久々に化粧を施した自分の顔を鏡で見て「男のために作った顔だ」と思った。
夫以外の男に会うために、わざわざデパコスの化粧品を揃えて、オフショルのブラウスまで買った自分の浮かれ具合は、恋と愛の違いも知らない青かった自分を想起させる。
電車で向かっている途中、予定より早く到着したと優兎からLINEが届いた。ホームを降りてから駅中のトイレの鏡で乱れてもいない前髪を何度も直し、結局5分遅れで現地に着いた。
店に入るとすぐに優兎らしき男性を見つけた。
「あの、葉月です。優兎くんですか」
文庫本に目を落としていた優兎は私の声に反応して顔を挙げた。
「あ、葉月さん、はじめまして、優兎です。今日はよろしくお願いします」
メッセージでやり取りをしていた時から変わらない丁寧さに安堵したが、その端正な容姿には驚きを隠せなかった。
前もって彼の写真は見せてもらっていたが、目の前に対峙した彼はそれ以上に色白で小顔で、パーツの一つ一つがあるべき場所にあるべき形として乗っかっている、そんな顔立ちだった。
なに、これが逆写真詐欺ってやつ?と呆気に取られている私を見て、彼は目を大きく見開いた後、微笑んだ。
優兎は28歳で、私よりも10個以上離れている割に同年代と話しているかのような落ち着きがあった。私の話を聞く時の真剣な眼差しも、小気味良く打つ相槌や少し大袈裟なリアクションも、私を受け止めてくれる真綿のような暖かさを感じた。
私が好きな中国映画の話をしても興味津々に話を引き出そうとする姿を見て、「あぁ、この人はきっとモテるんだろうな」と思った。なぜ彼女をつくらないのだろう。
「人を"好き"って気持ち、わからなくなっちゃったんです。自分が相手を思う気持ちだけが掠め取られていくような感覚。そういうの疲れちゃって」
クリームソーダが氷山みたいに溶けていく様子を見ながら、彼はそう話した。結婚などという世間がやたら重きを置く価値観を盲信し、愛のようなものを育んだその先に待ち受けた現実の虚しさを、私も夫との生活で感じていた。
彼と境遇は違うが、感じているものは近い。
「私も、結婚なんてしなければよかったと思ってるよ」
いつのまにか私は彼の手を握っていて、彼もまた私の手をもう片方の手で包んできてくれた。
「葉月さん、二人きりになりたいです」
時間は14時を過ぎている。
指輪のついていない左手を彼の指に絡ませて、私達は店を出た。
3話
詩の写メ日記
-
短編官能小説【恋は月の陰に】3話/全4話詩