第6話:手放すという幸せ
静かな空間に、心地よい鼓動の余韻が残っていた。
深く、奥底から満たされたような感覚に包まれながら
私はただ、ベッドに横たわっていた。
「お水、飲む?」
リョウの声にふと我に返る。
優しい音のするその問いかけに、私は小さく頷いて、差し出されたグラスを受け取った。
甘く蕩けるような時間は
終わりを告げようとしていた。
なのに、不思議なことに
私は少しも、寂しくなかった。
いつもなら、レンと別れるとき、強烈な寂しさに襲われていた。
玄関を閉めた瞬間から、胸がぎゅっと締めつけられるような
置いていかれた子どもみたいな、そんな感覚。
でもリョウとは、なぜか違った。
「じゃあ、またね。」
たったその一言が、妙にあたたかくて。
まるで未来がちゃんと続いていくことを
疑う余地なく信じられるような
そんな魔法がかかっていた。
**
日常に戻ってからの私は
少しずつ変わっていった。
職場でも、家でも、SNSでも。
何かが劇的に変わったわけじゃないのに
すべてが少し、やさしくなった。
レンのことを考える時間が、気がつけば減っていた。
5年間、毎日のように名前を検索して
アイコンが変わっていないか、浮上しているか、DMの既読はいつか
そんなことばかり気にしていたのに。
今はもう、それすら、思い出せないくらい。
リョウからのDMは、毎日一通だけ。
たったそれだけなのに、ちゃんと心に届く。
既視感じゃなく、ぬくもりとして。
「今日は体調どう?」「ごはんちゃんと食べた?」
そんな言葉たちが
まるで日だまりみたいに、そっと私の一日を照らしてくれる。
不思議と、私はそれに一喜一憂することもなく
自然体のままで、返事をすることができる。
「ねぇ、私、いま、すごく、普通に笑えてる。」
そう思ったとき
ようやく気づいた。
幸せって、
『何かを手に入れること』だと思っていた。
ずっと、レンを手に入れたかった。
唯一になりたかった。
特別な存在になりたかった。
でも本当は
『何かを手放せたとき』に
人は幸せになれるのかもしれない。
私はもう
「レンに選ばれたい」って思ってない。
代わりに
「私が私を選んであげたい」と、そう思えた。
あの夜、リョウと出会ったことで
私はようやく
自分を縛りつけていた執着という鎖を
そっと解いたんだ。
そして今日もまた
スマホの通知に、小さく微笑む。
「おはよう、みゆちゃん」
リョウのDMは、決まってそんなふうに始まる。
そして私は、こう返す。
「おはよう、リョウくん」
何でもない朝が、少しだけ特別になる魔法。
それが、今の私の幸せなんだと思う。
みゆうの写メ日記
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【抱かれても、抱きしめられない】連続女風小説6/7みゆう