なんであの男はあんなにモテるんだろう?って思ったこと、ありませんか?
めちゃくちゃイケメンってわけでもないし、話が上手なタイプでもない。だけど、なぜかいつも周りには女性がいて、告白されたとか付き合ったとか、そんな話が絶えない。しかも、その人気がどんどん広がっていくような、不思議な魅力のある男。
そのような人物は、あるとき誰かに好意を寄せられたことで注目を集め、やがて次々と他の女性たちの関心を惹きつけていきます。この現象の背後には、単なる偶然や個人的魅力以上の「社会的構造」があるのではないか。今回はこの問いに対し、フランスの思想家ルネ・ジラール(René Girard)の模倣的欲望理論(la théorie du désir mimétique)を用いて考察していきます。
ルネ・ジラールの思想の出発点は、「人間の欲望は他人の欲望を模倣することで形成される」という洞察にあります。彼はこの欲望の構造を、「三項的欲望(le désir triangulaire)」と呼びました。すなわち、欲望は単純な「主体→対象」という直線的な関係ではなく、常に「媒介者(モデル)」を通して対象に向かうのです。
ジラール自身はこの構造について、以下のように述べています:
「人間は他者が望むものを欲する。それは、他者がそれを欲しているという事実によって、その対象が価値あるものに見えるからである。」
— René Girard, Mensonge romantique et vérité romanesque, 1961
(人間は他人が欲するものを欲する。他人がそれを欲しているという事実によって、その対象は価値あるものに見えるのだ。)
この「他者の欲望の模倣」が進むと、やがて同じ対象をめぐって複数の主体が争うことになります。ジラールはこの欲望の競合を「対称的なライバル関係」と呼び、それが暴力の発生やスケープゴート(犠牲者)構造へとつながると考えました。こうした欲望の力学は、単に文学や宗教だけでなく、日常的な人間関係や恋愛にも深く関わっているのです。
この理論を「モテる男性」の現象に当てはめてみましょう。
ある男性が最初からモテるわけではありません。最初は一人の女性が、ある理由でその男性に関心を抱きます。その好意が周囲に伝わると、他の女性はこう考え始めるのです。
「彼女があの人を好きになるなら、私も気になるかも。」
この瞬間から、その男性は「誰かに望まれている人」として認識され始めます。つまり、他者の欲望が媒介となって、その男性の価値が上昇するのです。このメカニズムをジラールは以下のように表現します
「われわれは他人を通じて欲望する。他人の欲望は、われわれの目にその対象を輝かせるレンズなのだ。」
— René Girard, Des choses cachées depuis la fondation du monde, 1978
(私たちは他人を通して欲望する。他人の欲望は、私たちの目にその対象を輝かせるレンズである。)
このレンズが重なり、増幅されていくことで、男性は「モテる男性」として社会的に構築されていくのです。つまり、モテる男性の魅力とは自己完結的な資質というより、他者の視線と欲望のネットワークによって生まれるものだということができます。
よく「モテる男は余裕がある」と言われます。彼らは焦らず、相手に媚びず、自分のペースを崩さない。この「余裕」は、ジラール的に解釈すれば、すでに他者の欲望を多く集めていることの帰結だと言えるでしょう。
他者に望まれることで、自分が価値ある存在だと確信しやすくなる。これはまさに、「他者の視線」によって構築された自信なのです。ジラールはこう言います:
「欲望の本質は、他者の欲望の模倣にあるが、それは同時に自己の価値の確信へとつながる錯覚を生む。」
— René Girard, La violence et le sacré, 1972
(欲望の本質は他者の欲望の模倣にあるが、それは同時に、自己の価値への確信という錯覚を生み出す。)
つまり「モテる男」は、他者の模倣によってモテるようになり、モテているがゆえに自信と余裕が生まれ、それがさらにモテに拍車をかける——という循環構造があるのです。
彼の理論では、欲望は「三つの要素」で成り立っています:
• 自分(主体)
• 欲しいもの(対象)
• モデル(=真似する相手)
たとえば、ある子どもが急におもちゃを欲しがる。でもそれって、たまたま隣の子どもがそのおもちゃで遊んでたから、なんですよね。つまり、「あの子が楽しそうにしてる→そのおもちゃ欲しい!」という流れ。これがまさに模倣的欲望のパターンです。
ジラールの理論をもとにすると、「モテる男」は、他の人の欲望の対象になってるってことが、そのまま魅力になるんです。
つまり、彼のことを「欲しい(=付き合いたい)」と思っている人がすでにいる、という事実が、その人の魅力を他の人にも伝播させていくんですね。
たとえば、ある女性がある男性に好意を持つ。それが周囲に伝わると、他の女性はこう考えます。
「あの子が好きになるってことは、彼には何かあるに違いない」
すると、その男性の周りにもっと人が集まってくる。するとまた、その様子を見て別の人が「やっぱりあの人、魅力的なんだな」と感じる。こうして欲望が連鎖していく。この連鎖が起きると、「モテる男」という社会的な現象が自然に出来上がるんです。
これって、「イケメンだからモテる」とか、「性格がいいからモテる」とかいうよりももっと社会的で動的なプロセスなんですよね。もちろん、最初に注目されるきっかけは見た目や話し方かもしれません。でも、その後に続く「モテ現象」は、ほとんどが他人の視線や欲望の連鎖で作られているわけです。
ここで、「そんなふうに説明されたら、恋愛が全部フェイクみたいで悲しい」と思う人もいるかもしれません。ですが、ジラールの意図は恋愛を否定することではありません。むしろ彼は、「なぜそれを欲しているのか」に自覚的になることの重要性を訴えているのです。
私たちはしばしば、自分の感情を「自然なもの」「運命的なもの」と捉えたくなります。しかしその感情は、社会的な構造の中で形作られている可能性があるという視点を持つことで、自分の選択や行動をより深く理解することができるのです。
ルネ・ジラールの模倣的欲望理論に基づいて、「モテる男性の魅力」という現象を分析しました。欲望は他者の欲望を模倣することによって生まれ、それが社会的な人気や魅力へと発展する。つまり、人間の恋愛欲望は個人的なものに見えて、実は社会的・構造的に編まれたネットワークの中にあるということです。
とはいえ、この考察はあくまでも一つの理論的視点にすぎません。恋愛感情には偶然や相性、個人的経験、文化的背景など、多くの要因が複雑に絡んでいます。模倣の構造を知ることは、自分の欲望を見つめ直すきっかけにはなりますが、それだけですべてを説明し尽くすことはできません。
ジラールの理論は、欲望のメカニズムに光を当てる重要な知的資源であると同時に、私たち自身がどのように欲望し、どのように「誰かを選ぶ」のかという問題を深く問い直すツールでもあります。
-参考文献-
1. René Girard, Mensonge romantique et vérité romanesque(1961)『ロマン的な嘘と小説的真実』
2. René Girard, La violence et le sacré(1972)『暴力と聖なるもの』
3. René Girard, Des choses cachées depuis la fondation du monde(1978)『世界の基礎が築かれて以来隠されてきたこと』
柚香の写メ日記
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魅力的な男性についての一考察 -ルネ・ジラールの欲望理論に基づいて-柚香