こんばんは〜!!拓也まんです٩( ᐛ )و
最近子どもと交流する機会があった拓也まんなのですが、プレゼントを渡そうと思いガチャガチャをいくつか買ってその子にあげたのです。
ところがその商品を気に入ってくれるかと思いきや、その子が1番喜んで夢中に遊んでいたのはガチャガチャの丸いカプセルだったのです。
お子さんがいらっしゃる方にとってはこーゆーのってよくあること?なのかはわかりませんが拓也まんにとってはそれが凄く新鮮でいろいろ考えさせられる出来事でした。
まず脱帽すべきなのは子どもの"柔軟さ"です。
大人の思考では当然ですが楽しむ対象ってカプセルの中身の物ですよね。基本そこにしか着目していませんよね。
むしろカプセルは中身を取り出したら見向きもせず捨てる方がほとんどだと思います。
その子にとってはカプセルの中身よりも大人が注目すらしない空のカプセルが自分を満たすメインの物なのです。
それと併せて僕には現在3歳の姪っ子がいるのですが、以前姪っ子に会った時の出来事を思い出しました。
実家に帰った時に姪っ子と一緒にご飯を食べたのですが、その時に姪っ子に「箸取って〜」ってお願いしたのです。
そしたら姪っ子は箸立てにいくつか入っている箸を全部机に出し、「どれにしよっかなぁ〜」と独り言を言いながらそこからペアを見つけ嬉しそうに僕に渡したのです。
これって大人の僕らからしたら効率悪いと思えることですし少なくともセオリーな行動ではないですよね。
箸を選ぶのであればわざわざ箸立てから全部出さなくても全体を目で見てその箸だけ取って渡しますよね。
でも姪っ子は箸を取る前のその行為を楽しんでいたし、僕もその光景を見て癒されたのと、ただ取ってくれた箸よりもそうやって選んで渡してくれた箸の方が気持ちが満たされたのです。
もちろん子どもはそんなことまで考えていませんが、こういった"パフォーマンス"をされたことで、僕はただ箸を渡されるという行為ですら満たされたのです。
そしてその子にとっては自分が楽しむという行動が結果として、相手の満足にも繋がったのです。
何が言いたいかというと、大人になるにつれ、"これが正しい"、"これが効率良い"というような固定観念に囚われ過ぎているなと感じたのです。
ここでの出来事で言うならば、楽しみ方は人それぞれだし、本来の対象だけが"価値"とは限らないということに改めて気付かされたし、誰もが効率悪いと思えるような行動でも、結果として"食事を楽しむ、コミュニケーションを取る"という状況においては、この姪っ子が取った行動は素晴らしい行動だと思ったのです。
これって接客も同じだと思うのです。
他の人からしたら価値のないように思えることでも別の誰かにとってはそれが価値のあることだってたくさんあると思うし、逆もまた然りです。
また、接客において、"相手を楽しませる、満足させる"という結果に対して、今自分が取っている行動だけがセオリーとは限らないし、自分のしていることが第三者から見て効率が悪いと思えることだとしても、自分が楽しいと思えること、遊び心を忘れなければ、今回の箸を渡された僕のように共感してくれる人もいるし、普通の行動ですらパフォーマンス次第で相手が"満たされる"ことだっていっぱいあるんじゃないかなと思ったのです。
そういった意味では全ての行動に正解なんてないのかも知れないし、一つ一つの何気ない行動にも価値を生み出すのはその人の見せ方次第ということです。
特に"満足"を求められる接客の仕事においては、遊び心、柔軟な発想力を持った子どもから学ぶことっていっぱいありますね。
拓也
Twitter→@candyosaka_tak
拓也の写メ日記
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子どもから学ぶこと拓也