僕は、人の名前を間違えるやつが嫌いだ。
という言い方に棘があるなら、
そういう人は苦手だ。
名前は人の心の入口。
それを間違えるということは、
違うドアから入るということ、
もっとひどければ、
鍵のかかっているドアを
ノックもせずにこじ開けること、
だと思ってる。
そんな僕でも、
ときどき人の名前を間違える。
違う名前で呼んでしまったり、
文面で漢字を間違えてしまったり。
そういうときは、
深く、深く、反省する。
自分がひどく嫌になる。
こないだ東京店の面々で講習をしたとき、
僕にとっては潤さん以外とは初顔合わせの機会だったのだけれど、
ある先輩セラピストさんの名前を呼び間違えてしまった。
やってしまった、と思った。
僕はたくさん謝った。
彼に、そして、
信念を損なわれた自分自身に対して。
でも彼は怒るでもなく、
「それ、お客さんにやっちゃダメだよ」
と優しくたしなめてくれた。
幸い、と言っていいのだろうか、
僕が呼び間違えてしまったのはセラピストで、
お客さんではなかった。
失礼なことに変わりないし、
今でもまだ反省しているけど、
ミスを犯してしまうのが、
お客さん相手にやってしまう前、で済んだ。
Xのタイムラインを見ているとたまに、
セラピストに名前を間違えられた、という話を目にする。
相手との関係性にもよるけど、どれだけショックだろう、と思う。
僕だって、名前を間違えられたらいやだ。
大丈夫だよ、と相手にも、自分にも言い聞かせるけど、
きっとその心の奥は深く傷ついている。
〇〇くん、あらためて本当にごめんなさい。
もうこの先、絶対に間違えません。
そして。
やっぱり考える。
たくさんの女性をお相手させていただくお仕事。
当然、お客さんの名前を呼び間違えるミスは他人事ではない。
面と向かって、はあまりないかもしれないけど、
とくにDMのやり取りにおいて
そのリスクはいつだってある、と思っておいた方がいい。
今はまだ、お客さんの名前を呼び間違えたことはない。
できればこの先、一度も間違えたくない。
でも、いつかその日が来てしまうんだろうか。
それがあなたでないことを願う。
きっと僕はまた深く、深く、深く反省する。
僕は、人の名前を間違えるやつが嫌いだ。
ふゆき
中原 ふゆきの写メ日記
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人の名前を中原 ふゆき